離婚記念日
「莉美ちゃん……」

仕事終わりに通子さんが声をかけて来た。

「はい」

「ちょっといいかしら?」

珍しく歯切れの悪い様子を不思議に思った。
通子さんに促され、カウンターの席に座ると旦那さんが柚子茶を持って来てくれ向かい合わせに座った。

「昨日店が閉まった後男の人が来たんだ。片寄さんって言ってた」

え? まさか。

「莉美ちゃんと結婚していたって……」

町田さんは私の様子を伺いながら話してくれる。何も言わない私の反応を見て、間違っていないと思っているようだ。

「それで、片寄さんは莉美ちゃんに会いたいって言ってたみたいなのよ」

通子さんは昨日旦那さんから聞いていたようで、隣から話しかけてきた。

「莉美ちゃんは会いたい?」

会いたいに決まってる!
でも……、会ってはいけないって分かっているから頷けない。
こぼれ落ちる涙を手でぬぐいながら首を振った。

「会えないです」

「それはどうして?」

「約束したんです。二度と彼に会わないって。私がいたら迷惑になる」

太一くんがここに来てくれたと思うだけで胸がいっぱいになり苦しい。会いたいのに会えないもどかしさがつのる。

「でも片寄さんは会いたいって言ってたよ。店が開いてないと分かっているだろうに、わざわざここまで、いてもたってもいられず来てしまったんだろう」

町田さんの言葉に胸がつまる。
会いたくないなんて訳がない。別れたくて別れたのではない。一生一緒にいると誓ったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのかと今でも考えてしまう時がある。でも、好きなだけではどうにもならないことがあるのだと分かってしまった。

「でも、会えないんです」

「莉美ちゃん……」

町田さん夫妻は困ったように顔を見合わせていた。私も彼が好きだと感じるのに、頑なに会えないと言う理由が分からないからだろう。

「心配かけてごめんなさい」

私は立ち上がると荷物を持ち、頭を下げた。
そのままお店を出て家へ帰ろうとするが、足が向かない。
私は無意識にフラフラと海の方へ歩き始めていた。
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