離婚記念日
あの日から太一くんは不定期にカフェへ訪れるようになった。
最初は町田さん夫妻もよそよそしかったが、彼持ち前の人懐っこさもあり、よく3人で話す姿も目にするようになった。
仕事帰りにわざわざ来てくれたのかな、と思うようなオーダースーツを着ている時もあれば、カジュアルなジャケットとパンツで来る時もあった。

「片寄くん、今日のローストビーフがのったサラダはなかなかだと思うんだ」

旦那さんが話しかけると、彼は笑顔で注文をする。
2人でいつのまにか飲みに行っていたこともあった。
ブリジャールの後継者とは思えない姿に、町田さん夫妻が気を許しており、家族ぐるみの付き合いのような親密さがあった。そんな姿を見ていると、温かい気持ちになる。
太一くんは気持ちを押し付けてくるわけではなく、時間のある時に顔を見せてくれる程度。
仕事が終わると、私を家まで送り届け、また東京へと戻っていく。
高速を使っても2時間はかかる。
この距離をものともせず、ちょこちょこと訪れる彼に私は再開した時よりも自然と話せるようになっていた。でも決して元には戻らないと心に決めていた。だから太一くんにはここには来ないで、新しい出会いをしてほしいと何度も伝えていた。それなのに、自分がしたいと思うからしているだけだと聞いてくれない。
絶対に無理してる。
仕事だって前よりも忙しいはず。それなのに合間を見てこの距離を運転して往復している。
帰りの運転が心配だと話しても、私の頭をポンポンとするばかり。
こんなことしてていいのか、と心配になる反面、どこか喜んでいる自分がいた。
気持ちが揺れ動いてるのを感じる。
ダメだと分かっているのに、また太一くんに手を伸ばしたくなる。
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