離婚記念日
近くにある店でうどんやゼリーなどを買い込む。
ふと気がつくと少しだけ衣類も売っていた。今日は私服で来ていたけど、寝るにはリラックスできる感じではなかったのを思い出し、スウェットや下着を購入した。歯ブラシとかも、と思い出し、またレジへと向かった。
彼のお泊まりグッズを用意しているようで、なんだかくすぐったい。結婚していた時には普通に買っていたはずなのに今更動揺してしまう。

家に帰るとまだ寝息が聞こえるが、先ほどより荒さはない。熱が少し下がっているのかもしれない。
ホッとした。
なるべく音を立てないよう、キッチンに立つ。2人で暮らしていたマンションのキッチンに比べたら半分以下のサイズだが、今の私にはちょうどいい。
ネギを刻み、ワカメの塩抜きをする。ほうれん草は軽く茹でておいた。
麺つゆを作ると火を止め、彼が起きるのを待つ。

久しぶりに作った水出しコーヒーを冷蔵庫から取り出す。そして、読みかけの本をキッチンにある折り畳みの椅子を取り出して読み始めた。
新しい本ではなく何度も読んだ本だが、読むたびに気付かされる発見がある。海外では児童書として発売が始まったが、世界中で翻訳され読まれる魔法の本。子供たちの成長や葛藤、それを取り巻く世界観に何度読んでも惹き込まれる。

「う……ん。莉美?」

「あ、目が覚めた?」

声が聞こえ、私が隣の部屋を覗きこんだ。すると体を起こそうとしている彼が見えた。

「あぁ。すまないな。すっかり寝てしまったよ」

「どう?」

「楽になったよ」

「良かった。少しうどん食べる? 準備してあるからすぐ食べられるよ」

彼はしっかり体を起こしてくると頷いた。

「いいのか?」

「もちろん。でもその前に汗かいたでしょ? シャワー浴びる? スウェット買ってきたけど着替える?」

私の提案に驚いた表情を浮かべ、一瞬言葉が出てこなかったようだ。すぐにいつもの太一くんを取り戻すと「そうさせてもらうよ」と布団から出てきた。
一人暮らしの狭いバスルームを案内し、ドアを閉めると程なくしてシャワーの水音が聞こえてきた。
近くで聞こえる生々しい生活音に思わず顔が熱くなる。
聞こえないふりをして麺つゆを温め始め、うどんを仕上げた。
あっという間に出てきた彼は先ほど買ってきたスウェットを着て、首にはタオルをかけていた。
懐かしい……。

ベッドの前のテーブルに向かい合わせでうどんの器を置いた。この家に誰か来ることはないので器はひとつしかない。なので、私は深めの容器を代用した。

「いただきます」
 
手を合わせてからうどんに手をのばした。

「懐かしい味がする」  

フーフー、と冷ましながら食べる猫舌の彼を見るのが、私には懐かしく感じる。
太一くんは出した一人前をペロリと完食した。

「また風邪薬飲むよね? 持ってくる」

立ち上がるとしまってあった薬と水を持ってきた。

「ごめんな。体調が悪いとはいえ休ませてもらった上に、食事や着替えまで用意してもらって」

「気にしないで。元夫婦でしょ」

笑いながら言うと、彼は顔を少し歪めた。

「元……か。俺はやり直したいよ。もう莉美を不安にさせないだけの基盤はできてる。親や会社のことは心配しなくていい」

熱のこもる彼の言葉に、また心が揺れ動いてしまう。

「莉美。戻ってきてくれないか?」

「出来ないよ……」

「なぜ? 離婚した理由は解決済みだ。俺はどうしても莉美とやり直したい」

真剣な眼差しは私の心を射抜く。
本気なの?
離婚届を一方的に置いてきたのに私に戻る資格はあるの?
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