恋と呼べなくても
 まさか。いつのまに——まぶたを見開いた直の肩に腕をまわし、彼は抱擁する……。首筋にキスをされた。直は片手で口をふさいだ。催涙弾をあびたような瞳は潤いを増していく。恐怖心と、嫌悪感と。声が出せないほどの不快感に見舞われて、彼女は視界をぎゅっと閉ざした。
 しばらくしてまつ毛をそっと持ち上げると、鏡には誰もうつっていなかった。それは直の幻覚だった。 
  
 *
 
 二日後の放課後。校舎の裏手でひそかに会話する女子生徒と男子生徒のカップルがいた。ごくありふれた、青春の一ページを切り取ったようなよくある風景……。

「このまえの映画、つまんなかった?」と、音也は壁によりかかっている直にきく。
 ——あぁ、あの映画か。とメランコリックな気分がよみがえる。ちまたで人気の高校生カップルの純愛物語(ピュア・ラブストーリー)というから観てみれば。主人公の女子高生が作中で三回レイプされたあげく、クライマックスでは性交した恋人に一方的な別れを告げられる、という悲恋の物語だった。官能的な生々しいシーンを思い出すと、直は気分が悪くなった。
「そんなことないよ。どうして?」
 
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