悲劇のフランス人形は屈しない
「高校生のパーティーだからと舐めていた…」
大きなツリーまでの道のりを、ダンスをしているカップルを避けながら、私は一人呟いていた。赤や黄色、緑のライトが点滅しているクリスマスツリーは、見上げるほどの高く、てっぺんの星は誰がどのように付けたのか不思議に思ってしまうほどだ。
そのツリーの前に、金色の大きな投票箱が置かれていた。
学年ごとに入れる場所は異なっており、私はそこから1年生を選び、紙を入れた。
音楽が盛り上がるにつれて、会場の温度はどんどん上昇していく。
私はまたもやダンサーの間をかいくぐり、端へと移動した。
慣れないハイヒールでずっと立っていた為、そろそろ足が限界に近付いてきた。
適当な椅子を見つけ、そこに座る。
(こんなんでダンスなんか無理だろー)
しかし卒アルに写真が載らないと知ったら、母親は憤怒するに違いない。
(あー面倒なことが終わらん!)
「あの、お一人ですか?」
若干むしゃくしゃしながらも痛くなったふくらはぎを揉んでいると、いきなり誰かに声を掛けられた。
顔を上げると、タキシードを着た知らない人が立っていた。
(…誰?)
この学校の生徒であることは確かだが、誰なのか全く分からない。
私が黙っていると、その男子生徒は私の前に手を出した。
「もし、お暇ならダンスでもどうですか?」
「あ、ごめんなさい。疲れていて…」
そう断ると、男子生徒は渋々とその場を去って行った。
(何なんだ…?)
しかし、その後も何人かに声を掛けられた。その中には、明らかに先輩だという風貌の人も混ざっていた。ダンスに誘われる度に、疲れていると断り続けるが、だんだんと鬱陶しく感じて来た。
(どんだけダンス好きが集まってんの、この学校!)
5人目にお断りの謝罪をしたあと、私ははあとため息をついた。
「ねえ」
また間髪入れずに声を掛けられ、私は少しぶっきらぼうに返答した。
「疲れていますので、ダンスは結構です」
「僕もダンスは、いいかな」
紺のスーツを着た五十嵐が立っていた。ただ相変わらず前髪が長すぎて顔の半分以上見えない。そのせいか、何だかちぐはぐな格好に見えてしまう。
「今いらしたの?」
時計を見ると、そろそろ7時を回ろうとしていた。
「うん」
眠たそうに欠伸をしながら五十嵐が隣に座った。
「今日は用事があるって聞いたけど」
「用事?ああ、うん。そうだったね」
五十嵐が興味なさそうに言った。
それから二人の間に沈黙が流れた。
私はやっと痛みが引いてきた足から手を離し、会場をくまなく見つめた。
誰が今どこにいるのか把握しておく必要があった。
(藤堂は、友人たちといるのか。郡山も、誰かとダンスしているな)
二人が完全にパーティーを楽しんでいる様子はいとも簡単に見つかった。
「誰か探しているの?」
五十嵐が聞いた。
「ええ。西園寺さんを」
目を凝らしても、西園寺の姿は見えない。トイレにでも言っているのだろうか。それともパーティー自体に来ていないのだろうか。
「西園寺さん?なんで?」
西園寺と面識がある五十嵐は、少し驚いたような顔をした。
白石透と西園寺響子を結び付けるものがないから、だろうか。
「えっと…。さ、西園寺さんのドレスはきっと美しいだろうな~と」
(我ながら苦しすぎる言い訳!!)
しかし、女子とはそういうものと思ったのか、それ以上問い詰めて来なかった。
「僕も見てないね、西園寺さんは」
「そう」
「受付に聞いてみたら?出欠確認もしていると思うよ」
なるほど、その手があったか。
私はすくっと立ち上がった。しかし、まだ慣れないヒールのせいで、バランスを崩してしまった。慌てて、近くのテーブルを掴んだ。
(あっぶねー!)
額に冷や汗が流れた。
(こんなところで転んだら、これこそ変な意味で有名になる…!)
「一緒に行こうか」
五十嵐がフラフラの私の姿を見かねたのか、提案してきた。
「結構よ」
しかし、そう答えた私の言葉を無視して肩を抱くように掴んだ。
「危なっかしくて見てられない」
ゆっくりと私の歩幅に合わせながら、入り口付近の受付へと誘導してくれる。
「何してんの?」
不安定な足元に注意して歩いていると、突然目の前に天城が立ちはだかった。隣には今にも笑い出しそうな顔をしている蓮見がいた。
「助けてた」
私の肩から手を離さずに五十嵐が眠たそうに言った。
(何、この雰囲気…)
二人が何やら意味深な視線を交わしあっている。
なんだか面倒臭そうだと私はその場から一人離れようとした。
「あの。私は、これで…」
「危ないよ」
五十嵐から逃れようと体をねじったため、またバランスを崩した。
「ほら、言わんこっちゃない」
咄嗟に五十嵐が私の腕を掴んだため、天城の胸元へダイブするのだけは回避できた。
「ごめんなさいね」
笑ってごまかそうとするが、その笑顔が引き攣った。捻ってしまったのか足首にぴりっとした痛みが走ったのだ。
(これだからハイヒールは苦手なのよ~)
人の手を借りないと歩けないとか、情けなくて泣けてくる。
「そろそろダンスの時間だね」
会場の時計を見ていた、蓮見が余計なことを言い出した。
音楽が一層大きくなり、カップルたちがわらわらと会場へ押し寄せてくる。
「蓮見さま~!」
鈴の音のような声がして、藤堂が走って来た。
「ダンスの時間ですわ!」
「そ、そうだね…」
腕を掴まれた蓮見は、私たちに目配せするとその場から離れた。
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