悲劇のフランス人形は屈しない
バグ?
保健室を出て、私は廊下をゆっくりとした足取りで歩いていた。
(生き生きしている。私が?そんなこと今まであっただろうか…)
息を潜めるようにして過ごした大学生活。仲良くなった友人たちが、一人ずつ田舎へ帰って行き、最終的には孤独になっていた。身長と体力を認められ、何の資格も持たない私が就職した先は、倉庫業務。男社会の中で揉まれ、強くならざるを得なかった。必死で働いていたからか、実力が認められて、主任にまで上り詰めた。だけど、あの時の私は輝いていたかと問われると、素直に頷けない。田舎にいた時に描いていた未来と、現実とのギャップが大きすぎて、葛藤の毎日が続いていた。結局、私が憧れた世界には、足一本さえ踏み込めなかったのだ。
そんな生活を送っていた私が、突然事故死して白石透の体を借りて生きているのに、生き生きして見えるとは、どういうことだろう…。
考え事をしながら歩いていたせいで、かなり遠くの方まで来てしまったようだ。
保健室からも、体育館への道からも外れてしまっている。
「あ。逆走してた…」
辺りを見渡すが、全く人気(ひとけ)がないところまで来ている。
今日は保健室のみ稼働しているようで、ここまで来ると電気さえあまりついていない。
一気に恐怖が私を襲った。
誰もいない校舎に、私一人。
ふとそう思った途端、全身の毛穴から冷や汗があふれた。
「と、とりあえず、体育館へ戻ろう…」
来た道を戻るが、校舎の反対側まで来てしまったため、長い廊下が延々と続いている。
非常用のライトだけが、足元を照らしてくれるが、後ろから闇が迫ってくる。慣れない靴で早歩きは難しいため、とうとうヒールを脱いだ。
ひたひたと素足で歩く自分の音さえも、恐怖映画の音楽に聞こえる。
今にも泣きそうになりながら、来た道を引き返していると、後ろから何か物音がした。
「ひっ…!」
後ろを振り返って確認する心の余裕なんかない。
私は手首に着けていた小さいバッグからスマホを取り出し、妹に電話をかけた。
妹ならモニターを見ていて、何が背後にいるか調べてくれるだろう。
しかし、何度呼び鈴を鳴らしても一向に出る気配はない。
「まどか~出てよ~!」
半泣き状態で駆け足になるが、ドレスが重くていつものように走れない。
その時、また後ろで音がした。今度は、甲高い女性の叫び声だった。
「うそ、うそ、うそ~!!」
もはや両目から涙があふれていることも気づいていなかった。
まだまだ薄暗い廊下が続いている。
その時、誰かと真正面からぶつかった。
「…いて」
「ひっ!」
私が叫びだしそうなところを、天城の手が口をふさいだ。
「落ち着け。俺だ」
その時、また後ろからガタガタと物音が聞こえた。
「ぎゃ!」
思わず目の前に天城にしがみついた。
「だ、だだれかいる?いるよね?」
目をぎゅっと閉じ、震える声で聞いた。首筋から背中にかけて冷風が撫でた様に寒く、歯がガチガチと鳴った。
天城の体が動き、廊下の向こうの方を確認しているのが分かった。
「さ、さささっき女性の悲鳴が聞こえた…」
寒さでまともに話せなくなっていた。無言の天城に若干苛立ちを感じていると、カツカツと今度はヒールの音がした。
「や、やっぱり…!ゆ、ゆう幽霊がい、いいるの…」
天城の服をぎゅっと握り締めていると、天城がさっと動いた。
パタン…。
永遠と思われる静けさの後。カツカツとまた軽いヒールの音がした。
ドアを通した向こう側から、ぼそぼそと誰かが話す声が聞こえた。
「…とりあ…調べ…それ…」
しっかりとした声の感じからして、幽霊ではなく人間のようだ。男女2人が何か話しているが、内容はあまり聞こえない。
自分たちが隠れている教室の前を歩く音がしたかと思うと、また静けさが戻って来た。
心臓が破裂しそうに痛い。呼吸は荒く、冷や汗が全身を流れている。足先は廊下を歩いたせいで冷え切り、全身もまだ寒さで震えている。
しかし、幽霊ではないと分かったからか、頭が少し回転し始める。
(…さっきの声、どこかで)
(生き生きしている。私が?そんなこと今まであっただろうか…)
息を潜めるようにして過ごした大学生活。仲良くなった友人たちが、一人ずつ田舎へ帰って行き、最終的には孤独になっていた。身長と体力を認められ、何の資格も持たない私が就職した先は、倉庫業務。男社会の中で揉まれ、強くならざるを得なかった。必死で働いていたからか、実力が認められて、主任にまで上り詰めた。だけど、あの時の私は輝いていたかと問われると、素直に頷けない。田舎にいた時に描いていた未来と、現実とのギャップが大きすぎて、葛藤の毎日が続いていた。結局、私が憧れた世界には、足一本さえ踏み込めなかったのだ。
そんな生活を送っていた私が、突然事故死して白石透の体を借りて生きているのに、生き生きして見えるとは、どういうことだろう…。
考え事をしながら歩いていたせいで、かなり遠くの方まで来てしまったようだ。
保健室からも、体育館への道からも外れてしまっている。
「あ。逆走してた…」
辺りを見渡すが、全く人気(ひとけ)がないところまで来ている。
今日は保健室のみ稼働しているようで、ここまで来ると電気さえあまりついていない。
一気に恐怖が私を襲った。
誰もいない校舎に、私一人。
ふとそう思った途端、全身の毛穴から冷や汗があふれた。
「と、とりあえず、体育館へ戻ろう…」
来た道を戻るが、校舎の反対側まで来てしまったため、長い廊下が延々と続いている。
非常用のライトだけが、足元を照らしてくれるが、後ろから闇が迫ってくる。慣れない靴で早歩きは難しいため、とうとうヒールを脱いだ。
ひたひたと素足で歩く自分の音さえも、恐怖映画の音楽に聞こえる。
今にも泣きそうになりながら、来た道を引き返していると、後ろから何か物音がした。
「ひっ…!」
後ろを振り返って確認する心の余裕なんかない。
私は手首に着けていた小さいバッグからスマホを取り出し、妹に電話をかけた。
妹ならモニターを見ていて、何が背後にいるか調べてくれるだろう。
しかし、何度呼び鈴を鳴らしても一向に出る気配はない。
「まどか~出てよ~!」
半泣き状態で駆け足になるが、ドレスが重くていつものように走れない。
その時、また後ろで音がした。今度は、甲高い女性の叫び声だった。
「うそ、うそ、うそ~!!」
もはや両目から涙があふれていることも気づいていなかった。
まだまだ薄暗い廊下が続いている。
その時、誰かと真正面からぶつかった。
「…いて」
「ひっ!」
私が叫びだしそうなところを、天城の手が口をふさいだ。
「落ち着け。俺だ」
その時、また後ろからガタガタと物音が聞こえた。
「ぎゃ!」
思わず目の前に天城にしがみついた。
「だ、だだれかいる?いるよね?」
目をぎゅっと閉じ、震える声で聞いた。首筋から背中にかけて冷風が撫でた様に寒く、歯がガチガチと鳴った。
天城の体が動き、廊下の向こうの方を確認しているのが分かった。
「さ、さささっき女性の悲鳴が聞こえた…」
寒さでまともに話せなくなっていた。無言の天城に若干苛立ちを感じていると、カツカツと今度はヒールの音がした。
「や、やっぱり…!ゆ、ゆう幽霊がい、いいるの…」
天城の服をぎゅっと握り締めていると、天城がさっと動いた。
パタン…。
永遠と思われる静けさの後。カツカツとまた軽いヒールの音がした。
ドアを通した向こう側から、ぼそぼそと誰かが話す声が聞こえた。
「…とりあ…調べ…それ…」
しっかりとした声の感じからして、幽霊ではなく人間のようだ。男女2人が何か話しているが、内容はあまり聞こえない。
自分たちが隠れている教室の前を歩く音がしたかと思うと、また静けさが戻って来た。
心臓が破裂しそうに痛い。呼吸は荒く、冷や汗が全身を流れている。足先は廊下を歩いたせいで冷え切り、全身もまだ寒さで震えている。
しかし、幽霊ではないと分かったからか、頭が少し回転し始める。
(…さっきの声、どこかで)