悲劇のフランス人形は屈しない
「おい」
上から声が降ってきたて、私はふと我に返った。
顔を上げると、至近距離で天城のしかめ面があった。
「そろそろ離れろ」
天城の顔がさらに渋くなる。
「え?」
それから、今の自分の状況を冷静になった頭で確認してみた。
教室の扉を背にして座っている天城に寄りかかるようにして、ドレスのまま地べたに座り込んでいる。左手には靴、右手にはスマホを持っているが、それでも天城のスーツを握り締めていた。
「あら、失礼!」
途端に恥ずかしくなって、いそいそと天城から体を離した。
先ほどの取り乱した記憶が蘇り、顔に血が上るのが分かった。
(めちゃくちゃ恥ずかしいところ見られた…)
近くにあった机に手をつき、履きづらい靴を履く。その間、ずっと天城に見られている気がしてならなかった。
(今回の件で、ゆすられたり、しないよね…?)
「あの~、つかぬ事をお聞きしますが」
「何」
「なぜ、ここに?」
天城は口元に手をやり、何やら言いにくそうに呟いた。
「さっきのあれは、やりすぎだったと反省した」
(さっきの…?)
彼の視線を辿ると、私の額のことだと分かった。
(あーデコピンね)
「あれは、大人げなかった」
素直に謝る天城は、どこか怒られた子猫のようだった。
初めて見るそんな姿に私は思わず、思わずあははと声を上げて笑ってしまった。
(それで心配して探しに来てくれたとか。いいとこあるじゃん)
「子供なんだから別に気にしないで大丈夫よ」
「は?」
(ヤベッ。つい本音が…)
慌てて口を閉じるが、もう言ったことは取り消せない。天城が訝しげに私を睨みつけている。
(私のバカ!寒さと疲れで頭のネジが飛んでる…)
私はこほんと咳をした。
「そろそろ戻りましょうか。キングとクイーンの発表もあると思いますし」
ゆったりとした笑顔を向ける。
天城は何も言わず、教室のドアを開け、出て行く。
私もそれに倣おうと足を進めた時、ビキっと足首が痛んだ。
「…いっ!」
「何」
天城が振り向いた。
「いえ、何でもありませんわ」
(さっき走ったからだー!)
恐怖ですっかり忘れていた足首の痛みが、思い出したように襲って来た。保健室に行った時よりも悪化しているのが、分かる。一歩進むごとに、背中まで痛みが走る。
明るいところまで来ると、私は天城に言った。
「私はこのまま帰りますわ。天城さんは会場へお行きになって」
痛みで息が荒くなっているのに気づかれないよう、頑張って笑顔を作る。
(お願い、早く行ってー!)
「分かった」
驚いたことに、天城は素直に動いてくれた。
平松にすぐさま連絡を入れると、私は体育館の入り口まで片足を引きずるように進んだ。
「こんな遠かったっけ…?」
入り口が中々近づいて来てくれない。
歩きにくい靴と、動かすたび足首に走る激痛のせいか。
「誰よ、教室にいたやつは~!」
クリスマスパーティーの最中に逢引でもしていたのだろう男女2人を心から呪った。
「本気でビビったじゃない。幽霊じゃなくてよかったけどさ…」
とりあえず平松が到着したら、ここまで迎えに来てもらおうと足を止めた。
その時ふと、突然冷えていた体が一瞬にして温かくなった。
「忘れ物」
天城が白いコートを私の体にかけていた。
「ああ。ありがとう」
コートを着ながら私は心の中で叫んだ。
(気が利くじゃないか、天城!)
羽毛のようなコートは、少しずつ体温を上げてくれた。
「温かい…」
しかし、喜んでいたのもつかの間、いきなり視界が揺れたと思ったら、天城に抱きかかえられていた。
「はっ?」
「その足だと夜が明ける」
(ちょ、ちょと待て)
混乱した頭がついていかない。
(だれ、こいつ。本当に天城なの?)
細い体で自分を持ち上げる天城の力も驚きだが、それよりも白石透をお姫様抱っこする天城など、漫画の中でも見たことがない。
(これは、歪みが生じた結果なの?)
天城は何事もないような足取りで玄関先まで向かい、それと同時に平松の車が到着した。
「お嬢様!」
抱きかかえられている私を見て、平松が驚いたように目を見開いた。
「足を怪我している。病院へ行った方がいい」
ゆっくりと私を地面に下ろし、天城が抑揚のない声で言った。
「はい。そう致します」
半ば呆然としたように平松は反応した。
自分の役目が終わると、天城はくるりと向きを変え、さっさとパーティー会場へ消えて行った。
「お嬢様?病院へ行かないと…」
平松の心配そうな声で私は我に返った。
「そ、そうね」
(設定どこ行った…?)
こうして人生初のクリスマスパーティーは幕を閉じたのだ。
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