悲劇のフランス人形は屈しない
夜間もやっているという病院から帰宅すると、まどかが私の電話に出られなかった理由が分かった。
平松に抱えられながらリビングに行くと、父親と母親がダイニングテーブルに座って何やら話をしていた。その前には、姿勢を正し、感情を押し殺した妹の姿があった。
「お。おかえり」
父親は私の姿を認めると、笑顔を向けた。
「今日は本当にお姫様みたいだな」
「怪我したんですって?本当に情けない子ね」
母親は呆れながら、赤ワインを一口すすった。
「ちょうど今、冬休みについて話していたところだ」
父親に仕草でダイニングテーブルにつくように指示される。
私は身構えたまま、まどかの隣に座った。
平松は私の横に松葉づえを置くと、お辞儀をし、さっと家から出て行った。
部屋がしんと静まり返った。
父親が私の顔をまじまじと見つめ、言った。
「クリスマスパーティーは楽しかったか?」
「え、ええ」
そうか。と呟きながら父親はワインを口に含んだ。
隣にいるまどかは、身じろぎ一つしない。
「明日は、クリスマスだしな。お母さんと一緒に帰ってきたんだが」
父親の視線の先を見ると、芦屋が飾った小ぶりのクリスマスツリーの下にはプレゼントが山積みになっていた。
「好きな時に開けていい」
私が喜んでいると思ったのか、父親がウィンクをした。
「透もまどかも、冬休みに入ったことだし、みんなで旅行でもしようかと思ってな」
俺の仕事も今は一段落している、と続ける父親。
「去年はドバイだったから、今年はオーストラリアにしよう。この時期なら、向こうは真夏だし海も楽しめるぞ!」
隣で母親が嬉しそうに頷いている。
(オーストラリアか。コアラやカンガルーが見れるのかな)
私は真顔のまま、まだ見ぬオーストラリアをいう国を心に描いていた。
(コアラの赤ちゃんを抱っこしたいな)
「まどかも冬期講習は休めそうだし、やっと4人で行けるな」
今度こそ人生初の海外旅行が楽しめる。そう興奮していたのもつかの間。母親の冷たい視線が私に注がれた。
「でも、どうかしら?」
「なんだ?」
「ほら、見て。透さんの痛々しそうな怪我を」
松葉づえは、歩行しやすいようにと医者から渡されただけだ。骨折した訳でもないし、重度の怪我でもない。
「これは、足を捻っただけで…」
「この状態の透さんを連れ回すのは、可哀想だわ。これじゃどこにも行けないし、思いっきり遊べないもの」
母親は今回も私を一緒に連れて行きたくないようだ。
(そんなに私と過ごしたくないのか)
沸々と怒りが湧いて来るが、私はにっこりと笑った。
「ええ。でも、私も家族みんなで旅行に行きたいですわ。せっかくのお休みですもの」
私は続けた。
「この足なら心配いりませんわ。お医者様によると数日で良くなると言っていましたのもの」
「あら、そうなの?」
心配そうな顔を作っているが、母親の眉間がぴくぴくと動いている。
(今度こそ、海外旅行に行ってやる!)
「じゃあ、決まりだな。出発は3日後だ」
「荷物準備は、私に任せて下さい」
母親が手を合わせた。
(家政婦さんに一任しているくせに、よく言うよ)
半ば呆れながらも、今度こそ母親に勝ったと思っていた。


12月31日。
私は一人、テレビの前に座り、すでに冷えている宅配ピザを頬張っていた。
大きすぎる家は、しんと静まり返り、全ての部屋に電気をつけているのにも関わらず、どこか空しく寒かった。
今回もまた、母親の方が上手だったと認めざると得ない。
妹から送られてくるメッセージを見ながら私は思った。
〈偽の診断書をお父様に突き付けたのよ。全治2週間で、絶対安静だと嘘を吐いて〉
医者まで丸め込んだ母親には舌を巻く。
結局、一人でお留守番をすることになった。
テレビの中で、年が明けるまでのカウントダウンを開始していた。
「3.2.1…ハッピーニューイヤー!!」
私はオレンジジュースを掲げた。
「…明けましておめでとう。るーちゃん」
杉崎凛子の時と同じくして、白石透になってもまだ私は一人空しく年を越したのだった。


第二部に続く。
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