悲劇のフランス人形は屈しない
「失礼します。田中先生は、いらっしゃいますか?」
なんとか5限目の授業を乗り越え、戦闘力0のまま職員室へやってきた。
数学の先生であり、担任でもある田中は入り口に私が立っているのを認めると、こっちへと進路指導室へと誘導した。
「白石。お前は、理系と文系どちらに進むつもりだ?」
てっきり朝の授業のことで呼ばれたと思ったが、進路指導だったようだ。
私は考えながら、口を開いた。
「どうでしょう・・・」
(理系か文系かなんて、漫画に出てきたっけ?そもそもるーちゃんはどの教科もまんべんなく出来ないから、どっちに行っても苦労しそうな気がする・・・)
そんなことを考えていると、田中が中学時代の成績表を見ながら言った。
「この成績じゃ、理系でも文系でも、お前は苦労するだろう」
(エスパー)
「将来の夢はないのか?」
「…将来の夢、ですか」
白石透には将来なんてなかった。大学に行くことも、ましてや社会人になるなんて。
(もしるーちゃんが生きていたら、どんな人生を歩んでいたのだろう)
田中は椅子に寄りかかり、ふうと息を吐いた。
「確かに、高校に上がったばかりで、いきなり将来の夢なんて言われても困るよな」
黙ったままの私に向かって田中は言った。
「高校生活を送りながら考えれば良い。ただ、文系へ進むか理系へ進むかで、今後のカリキュラムが変わってくるから、そこはすぐに回答が欲しい」
私は自信なさげに頷いた。
「はい」
「一度、白石の両親とも話したかったんだが、忙しいと断れてな。こちらで決めたことに従う、と言っていた。お前の意見を尊重すると。いい親に恵まれて幸せだな」
(お前の目は節穴だな)
私は先生としてまだ初々しさが目立つ若い男を見つめた。
娘の進路に興味がなく、放ったらしにしていると、つまりネグレクトだとは、この新任教師は分からないようだ。
(見たところ、私より年下だし)
教師に何かを期待する時代なんてとっくのとうに過ぎた。
「どちらか決めたら、報告しますわ」
私はお辞儀をし、進路指導室から静かに出て行った。
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