悲劇のフランス人形は屈しない
「姉ちゃん、何回外すんだよ!」
しびれを切らしたように小学生たちが言った。
「ちょっと待って、もう一回!」
私は再度、3Pシュートを試みるが、ボールの飛距離はゴールポストまで伸びない。
「嘘ぉ・・・」
「この姉ちゃん、俺たちより下手かもしれないぜ」
呆れた声でストライプのシャツを着た少年が言った。
「だね」
先ほどボールを取りに来た少年も、更に顔が曇っている。
「ゴールポスト、高くない?」
近くにいた赤い帽子の少年に聞くと、はあと大きなため息を吐いた。
「これが標準だよ。お姉ちゃんの背が低いんじゃん」
「背が低いって、私178・・・」
そこまで言いかけて、私は(ああ…)と気づいた。
大好きなバスケを前にしてすっかり忘れていた。
自分がかつて巨人と言われた杉崎凛子ではなく、小さいフランス人形、白石透であることを。
(だからゴールまで遠く感じるのか。それに・・・)
白く細い腕を見つめた。
(筋肉もないからゴールに届かないのか)
「姉ちゃん、もういい?」
途端につまらなさそうにしている小学生たちに申し訳なくなった。
「ごめん、ごめん。ほら、返すよ」
ストライプのシャツを着た子が私のボールに触ろうとした瞬間、その脇を抜け、ドリブルして華麗にレイアップを披露した。パサッと心地よいがしてゴールが決まる。
「どう?まだ下手?」
少し走っただけで息が上がっているのは無視して、私は腰に手を当て、片方の眉をあげた。
「なに、今のむかつく!もう一回!」
ストライプシャツの少年は地団駄を踏んだ。
「おっけーい!みんな、一斉にかかって来い!」
私はドリブルであっと言う間に小学生を4人とも抜き、またゴールを決めた。
「すげえ!姉ちゃんすげえ!」
「もう一回!もう一回やろ!次こそボール取ってやる」
バスケ少年たちは楽しそうに目をキラキラさせている。その一方で、まだそこまで時間は経っていないというのに、すでに私はぜいぜいと肩で息をしていた。
「ちょ、ちょっとタイム…」
小学生の底知れない体力のせいか、白石透の体力がなさ過ぎるのか。少し遊んだだけでもうクタクタだった。私は小学生にボールを渡すと、よろよろとベンチに座り込んだ。
「お姉ちゃん、バスケやってるの?全然見えないね」
ボールを取りに来た少年が、私の隣に立って言った。
「高校までバスケ部でね。大学からは趣味で時々しか・・・」
ここまで言って慌てて口を閉じた。
(またやってしまった!私、今高校生じゃん!)
しかし少年は全く気にしていないようだった。楽しそうにバスケをしている友達を見ては、ゴールを入れる練習している子に声援を送っている。
「姉ちゃん!ゴールのコツ教えて!」
中々ゴールが決まらない少年たちは、こちらを振り返った。
「仕方ないな~。レイアップのコツはね…」
息がだいぶ整った私は、よいしょと体を起こした。
小学生たちと全力で遊んでいるうちに、いつの間にか夕方になっていた。
「姉ちゃん、またね!」
次々に別れの挨拶をする少年達に手を振り返しながら、私も帰路につく。
「だー疲れた…」
二日連続で、私はソファーに倒れ込んだ。
久しぶりのバスケで完全に舞い上がっていたが、もう体も腕も重い。
「明日は筋肉痛決定だな…」
そう呟いているとピピッと解錠の音がして、妹が帰宅した。その後ろから両手一杯に買い物袋を下げている平松が続く。
「ただいま」とまどか。
「おかえり~。平松、買い物ありがとうね」
「こんなに買って、何をするつもりですか。明日には芦屋さんが来るというのに」
芦屋は、毎日来てくれる40代のお手伝いさんだ。朝の7時に来て、私たちの朝食を作り、掃除や洗濯をした後、夕飯の支度をしてから4時には帰宅する。
「今夜の夕飯なの。平松も食べて行く?」
平松はいいえと首を振った。
「私はこれで失礼します」
「はーい。お疲れさま」
平松は一瞬顔をしかめたが、お辞儀をするとすぐに出て行った。
「さ、着替えたらお夕食よ!」
私は元気よく言った。
「これは・・・?」
妹は、ぐつぐつと煮えたる鍋の前で小さく呟いた。
「お鍋よ」
私は妹の分を小皿に注ぎながら、言った。
(本当はちゃんとした食事を作りたかったんだけど、バスケで疲れたからなんて、言えない!)
「お鍋、嫌いだった・・・?」
今になって妹の食の好みを把握してなかった事に気づいた。
(あれ、好き嫌いってあった?漫画に出てきたっけ?)
「嫌いじゃない」
その言葉を聞いて、ほっとした。
「ただ、初めてで・・・」
「ええ?」
今度は私が驚く番だった。
「お鍋食べたことないの?」
妹が顔を上げた。
「お姉様はいつ食べたのですか?」
「え、ええと。いつだったかしら。お友達の家で食べた気がするわ」
「いいですね。そういうお友達」
悲しさが妹の瞳の奥に揺れた気がした。
私は妹の頭をぽんぽんと撫でた。
「お鍋はね、冬に食べるともっと美味しいの。寒い中、ふーふーしながら、皆でつっついて食べるのともっと味わい深いわね。今年の冬にもまた食べましょ」
「今年の冬・・・」
妹はこくんと頷き、ふーふーしながら食べ始めた。
しびれを切らしたように小学生たちが言った。
「ちょっと待って、もう一回!」
私は再度、3Pシュートを試みるが、ボールの飛距離はゴールポストまで伸びない。
「嘘ぉ・・・」
「この姉ちゃん、俺たちより下手かもしれないぜ」
呆れた声でストライプのシャツを着た少年が言った。
「だね」
先ほどボールを取りに来た少年も、更に顔が曇っている。
「ゴールポスト、高くない?」
近くにいた赤い帽子の少年に聞くと、はあと大きなため息を吐いた。
「これが標準だよ。お姉ちゃんの背が低いんじゃん」
「背が低いって、私178・・・」
そこまで言いかけて、私は(ああ…)と気づいた。
大好きなバスケを前にしてすっかり忘れていた。
自分がかつて巨人と言われた杉崎凛子ではなく、小さいフランス人形、白石透であることを。
(だからゴールまで遠く感じるのか。それに・・・)
白く細い腕を見つめた。
(筋肉もないからゴールに届かないのか)
「姉ちゃん、もういい?」
途端につまらなさそうにしている小学生たちに申し訳なくなった。
「ごめん、ごめん。ほら、返すよ」
ストライプのシャツを着た子が私のボールに触ろうとした瞬間、その脇を抜け、ドリブルして華麗にレイアップを披露した。パサッと心地よいがしてゴールが決まる。
「どう?まだ下手?」
少し走っただけで息が上がっているのは無視して、私は腰に手を当て、片方の眉をあげた。
「なに、今のむかつく!もう一回!」
ストライプシャツの少年は地団駄を踏んだ。
「おっけーい!みんな、一斉にかかって来い!」
私はドリブルであっと言う間に小学生を4人とも抜き、またゴールを決めた。
「すげえ!姉ちゃんすげえ!」
「もう一回!もう一回やろ!次こそボール取ってやる」
バスケ少年たちは楽しそうに目をキラキラさせている。その一方で、まだそこまで時間は経っていないというのに、すでに私はぜいぜいと肩で息をしていた。
「ちょ、ちょっとタイム…」
小学生の底知れない体力のせいか、白石透の体力がなさ過ぎるのか。少し遊んだだけでもうクタクタだった。私は小学生にボールを渡すと、よろよろとベンチに座り込んだ。
「お姉ちゃん、バスケやってるの?全然見えないね」
ボールを取りに来た少年が、私の隣に立って言った。
「高校までバスケ部でね。大学からは趣味で時々しか・・・」
ここまで言って慌てて口を閉じた。
(またやってしまった!私、今高校生じゃん!)
しかし少年は全く気にしていないようだった。楽しそうにバスケをしている友達を見ては、ゴールを入れる練習している子に声援を送っている。
「姉ちゃん!ゴールのコツ教えて!」
中々ゴールが決まらない少年たちは、こちらを振り返った。
「仕方ないな~。レイアップのコツはね…」
息がだいぶ整った私は、よいしょと体を起こした。
小学生たちと全力で遊んでいるうちに、いつの間にか夕方になっていた。
「姉ちゃん、またね!」
次々に別れの挨拶をする少年達に手を振り返しながら、私も帰路につく。
「だー疲れた…」
二日連続で、私はソファーに倒れ込んだ。
久しぶりのバスケで完全に舞い上がっていたが、もう体も腕も重い。
「明日は筋肉痛決定だな…」
そう呟いているとピピッと解錠の音がして、妹が帰宅した。その後ろから両手一杯に買い物袋を下げている平松が続く。
「ただいま」とまどか。
「おかえり~。平松、買い物ありがとうね」
「こんなに買って、何をするつもりですか。明日には芦屋さんが来るというのに」
芦屋は、毎日来てくれる40代のお手伝いさんだ。朝の7時に来て、私たちの朝食を作り、掃除や洗濯をした後、夕飯の支度をしてから4時には帰宅する。
「今夜の夕飯なの。平松も食べて行く?」
平松はいいえと首を振った。
「私はこれで失礼します」
「はーい。お疲れさま」
平松は一瞬顔をしかめたが、お辞儀をするとすぐに出て行った。
「さ、着替えたらお夕食よ!」
私は元気よく言った。
「これは・・・?」
妹は、ぐつぐつと煮えたる鍋の前で小さく呟いた。
「お鍋よ」
私は妹の分を小皿に注ぎながら、言った。
(本当はちゃんとした食事を作りたかったんだけど、バスケで疲れたからなんて、言えない!)
「お鍋、嫌いだった・・・?」
今になって妹の食の好みを把握してなかった事に気づいた。
(あれ、好き嫌いってあった?漫画に出てきたっけ?)
「嫌いじゃない」
その言葉を聞いて、ほっとした。
「ただ、初めてで・・・」
「ええ?」
今度は私が驚く番だった。
「お鍋食べたことないの?」
妹が顔を上げた。
「お姉様はいつ食べたのですか?」
「え、ええと。いつだったかしら。お友達の家で食べた気がするわ」
「いいですね。そういうお友達」
悲しさが妹の瞳の奥に揺れた気がした。
私は妹の頭をぽんぽんと撫でた。
「お鍋はね、冬に食べるともっと美味しいの。寒い中、ふーふーしながら、皆でつっついて食べるのともっと味わい深いわね。今年の冬にもまた食べましょ」
「今年の冬・・・」
妹はこくんと頷き、ふーふーしながら食べ始めた。