悲劇のフランス人形は屈しない
ただし、私が藤堂と天城に会えたらの話だけどね!
車から降りるとすぐに、私は早歩きで校舎へと向かった。
(要は会わなければいい。クラスも違うし、お二方ともお忙しくて会えませんでした、とでも言えば問題なし!)
私は両腕を抱えながら、頷いた。
体が重い上に、少し動かしただけで両腕がびきびきと痛む。
(るーちゃんの体でバスケをしたのは、やはり無理があったか・・・)
しかし、透の細い体にさらに鞭打つ事件が起きる。


「もう、黒板消してもいい?」
日直の男子生徒が、うんざりしたように聞いた。
「も、もう少し待って下さい!」
私は急いで黒板に細かく書き連ねられている説明をノートに書き写していく。
化学の先生は、口での説明も多いため、授業中は一瞬たりとも気が抜けない。とにかく聞いたことをメモするのに、授業中は手一杯だった。
黒板は後回しにしていたら、授業終了してからの作業も多かった。しかも筋肉痛のせいで普段より書くスピードが遅い気がする。
(皆、いつの間に板書してたの~!?)
心の中で泣き叫びながら、私は汚い字であることも構わず高速で書き込む。
「次、体育だから早く行きたいんだけど」
「終わりましたわ!」
やりきったと私は(くう)に向かってガッツポーズを作るが、すぐに机に突っ伏し後悔する。
「・・・筋肉痛」
久しぶりの筋肉痛は、思ったより辛い。
「涙出そう」
そしてやっと顔を上げた時には、教室内には誰もおらず、静かだった。
「そういや、体育だ」
私は慌てて席を立ち上がり、女子更衣室へと向かった。

「あら、遅かったわね」
更衣室に着くと、すでに上下赤いジャージに着替え終わった郡山(こおりやま)が私を出迎えた。
私は自分の名前が書かれたロッカーを見つけ、中からジャージを取り出した。
「板書に大変苦労されてみたいだけど」
ロッカーに寄りかかり、郡山は馬鹿にしたように笑う。
「ええ、まあ」
郡山の方を見ないようにしながら、制服を脱いた。
「みんな専任の家庭教師がいるから、貴女のように必死になって学校の勉強に付いていかなくて大丈夫なの」
(ああ、なるほどね)
自分だけが板書していた理由が分かった。
(授業は受けているようで、基本はあまり聞いていない、ということか)
「ねえ、白石さん。どうして、貴女は家庭教師を付けないの?お金はたっぷりあるでしょうに」
悲しそうな表情を繕いながら、郡山は口角を上げて言った。
「もしかして、親に大事にされてないとか?」
どくんと全身の脈が打った。
(…るーちゃんの体が反応した?)
全身が熱くなり、耳の奥まで心臓の音が聞こえる。
(それとも・・・私?)
何か言い返そうと口を開いたとき、授業開始のチャイムが鳴った。
「あら、時間ね。体育、楽しみましょうね」
郡山は笑顔で更衣室を出て行った。
私はしばらくその場から動けなかった。
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