悲劇のフランス人形は屈しない
「ふふ・・・」
保健室までの道を歩きながら、一人笑みを漏らす。
「国宝級のるーちゃんの顔に傷を付けたな、郡山。これからは私も容赦しない」
それから、タオルを持っていない方の腕を見つめた。少し折り曲げるだけで痛みが広がる。
「こんな華奢な体を改造するのは、申し訳ないけど・・・」
私の中で気持ちは固まっていた。
(郡山を倒すには、どうしても筋肉が必要なの。ごめんね、るーちゃん)
心の中でそう呟き、保健室のドアを開けた。
「あら、あら、あら!」
白衣を着た若い保健室の先生は、私が入った瞬間驚きの声を上げた。
「鼻血?ちょっと、こっち座って」
先生のデスクの前にある、丸椅子に座ると、先生の顔が近づいた。
「ずいぶん激しい戦いだったのね。痛みは?」
「もうないです」
ゆっくりとタオルを下におろす。
「鼻血は、止まっているみたいね」
ほっとしたように言い、それから冷やしたタオルを持ってきた。
「打ち所が悪くなくて良かったわ」
顔に付いた血を綺麗に拭き取ってくれている。
「最近、体調の方はどう?」
丸眼鏡の奥から、先生が問いかけてきた。
「まあまあです」
「白石さんのことは中学生の頃から見てるけど、入学してからまだ一度も保健室に来てないわよね。最長記録だわ」
(るーちゃんって保健室の常連だったんだ・・・)
漫画には描かれていなかった情報だった。
「さ、綺麗になったわよ。ベッド、空いてるから、休んでいきなさい」
三つ並んでいるベッドには、確かに誰もいない。
お言葉に甘えて、残りの体育の時間は休ませてもらおうと頷いた。
「じゃあ、チャイムが鳴ったら教えるわね」
カーテンを閉めながら先生が言った。
保健室のベッドなのに、フカフカしている。朝の起床時より重くなった体をベッドに沈めた。
(これは寝てしまうな・・・)
瞼を閉じた瞬間、頭がちりっと痛んだ。
「記憶」が流れ込んでくる。
〈おい〉
〈・・・か、かいとさま?来てくれましたの!〉
慌てながらも嬉しそうな透の声とは対照的に、天城は大きなため息を吐いている。
〈さっき言われた。婚約者が授業中に怪我したから、見舞いに行けって〉
〈あ、ありがとう。・・・嬉しい〉
〈もう大丈夫だな?〉
〈はい、大丈夫です〉
〈じゃあ行くわ〉
ガタッと音がして天城が立ち上がったのが分かった。
〈え・・・〉
〈おーい、海斗?〉
〈ここ〉
〈次の授業自習になったって・・・。おい、もういいの?来たばかりだろ〉
〈いい〉
〈ええー。婚約者なんだし、もうちょっと居てあげても・・・〉
〈それももう終わる〉
〈え、どういうことだよ。おい、海斗!〉
そしてドアが閉まる音がした。
〈海斗さま、やっぱり私のこと・・・〉
小さな泣き声が頭の中に響き渡った。
(何・・・?どういうこと?)

「あら、天城くん」
先生の声がして、私はハッと現実に引き戻された。
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