悲劇のフランス人形は屈しない
「白石さんならベッドで寝ているわ。申し訳ないんだけど、先生、一旦席外してもいいかしら?」
私を気遣ってか、声を小さくしている。
「すぐに戻ってくる予定だけど。もし遅れちゃった時は、チャイムが鳴ったら、白石さんを起こしてあげて欲しいの」
「はい」
天城の感情のない返事を聞いてから、先生が出ていく音がした。
シャッとカーテンを引く音がし、私は慌てて瞼を閉じた。
「おい」
低い声で天城が言った。私は眠ったふりをする。
「おい」
諦めて帰るかと思いきや、天城は立ったままでいる。
(起きなかったら、どんな風に話が進む・・・?)
私は身動きせずじっとしていた。
「おーい、海斗?」
しばらくして保健室の扉が勢いよく開き、天城の友人、蓮見(はすみ)が入って来たのが分かった。
「ここ」
「次の授業自習になったって・・・。何してんの?」
天城に近づく足音。
「コイツが起きない」
「なにそれ。寝てるんでしょ」
蓮見はどこからか、椅子を引きずってきて座ったようだ。
「お前も座れば?」
(起きるまで居座るつもり・・・?)
体を動かさないように気をつけるが、突き刺さる視線に居心地の悪さを感じる。
「俺が声をかけて起きなかったことはない」
(…どんな自信だよ)
蓮見はくっと笑った。
「確かに白石ちゃんは、海斗のこと大好きだからね。婚約者と言うよりは、従順な犬っぽいよね。世間知らずに育てられた、おバカな家犬かな」
飛び起きて、蓮見の顔を思いっきり殴りたくなる衝動を押さえる。
「俺はコイツが嫌いだ」
天城が言った。
「何、唐突に」
特別驚く様子をみせない蓮見の反応を見ると、普段から言っているのだろう。嫌い、と。
「婚約者と言われるのはうんざりだ」
「ああ~。さっき先生に言われたこと?婚約者の見舞いに行けって」
「でも、それももうすぐ終わる」
そして足音。
「え、どういうことだよ?おい、海斗!」
蓮見が後を追って保健室を出て行くのが分かった。
私は目を開けた。
怒りで体が震える。
(良く知らないモブキャラにまで悪口を言われるもの腹が立つが、嫌いとはっきり言う天城は本当に・・・)
荒い息を整えようと、私は深呼吸を何度か繰り返した。
(ってか、「もうすぐ終わる」って、婚約者でなくなるということ?)
天城の口から発せられた言葉。
(…ちょっと早くない?)
私は目を閉じ、原作の内容を思い出そうと、こめかみを揉んだ。
確か、婚約解消の話題が上ったのは高校3年生の秋だったはずだが。
(高1の時から、ちらつかせいたってこと?)
自分的には婚約解消が素晴らしいことにしか思えないが、天城のことが幼少期から好きだった白石透の気持ちを考えると、確かに婚約解消はショックな出来事かもしれない。
(るーちゃんのことを考えると、婚約破棄は回避するべきか…)
そんなことを考えながらも、私はいつの間にか深い眠りについていた。
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