悲劇のフランス人形は屈しない
「―いしさん。白石さん」
肩を揺さぶられて、私は目を覚ました。目の前に、保健室の先生の顔があった。
「そろそろ起きて。下校の時間よ」
「・・・え?」
私は筋肉痛に気をつけながら、ゆっくりと体を起こした。
「もう、そんな時間?・・・ですか?」
「だいぶ寝てたわね。お昼も食べずに」
どこか笑いを含みながら先生が時計を指さした。時計は3時を指している。
「相当疲れが溜まっていたのかしらね。さ、もう教室に戻りなさい。担任の先生には、言ってあるから、そのまま帰って大丈夫よ」
「はい。ありがとうございます」
私はうーんと伸びをしながら保健室を出て、教室へと向かった。
「良く寝たから、だいぶ体が軽くなった気がする」
肩を回し、首をポキポキさせながら歩いていると、向こうから女子生徒が走ってきた。
「あ、白石さーん!」
肩まであるおさげを跳ねさせながら駆けて来る生徒は、私の目の前で止まった。
「伊坂さん・・・?」
伊坂と呼ばれた生徒は、嬉しそうに笑った。
「名前、覚えてくれたんだ!」
「同じクラスだもの」
私がそう言うと、悲しそうに首を振る伊坂。
「同じクラスでも、誰も私の事なんて眼中にないから」
「どうして?頭が良いから、目立っていると思うわ」
授業中に当てられるのは、勉強がよく出来る生徒だ。
彼女は頭が良く真面目なため、どの授業でも真っ先に先生に名前を呼ばれている。発言量で言えば、クラストップだろう。そんな彼女が、クラスメートの眼中にないとはどういうことだろう。
「皆は、小学校からずっと一緒でしょ。私だけ、高校から入ったから。友達もいないし」
確かに一人でいるところは何度が目撃した。しかし、クラス一嫌われていると言って過言でない私が話しかけたところで、状況が良くなるとは思わなかったため、話かけることはなかった。
「それに、私、皆と違って庶民だから」
言っている意味が分からなくて、私は首をかしげた。
「真徳はお金持ちの子しか入れない学校でしょ。でもね、知ってる?数年前から入試で上位に入った一般家庭の生徒も入学できるようになったの。だから、私、一生懸命勉強して入学したの。キラキラした世界に入りたくて」
私は静かに聞いていた。
「でも、いざ入学してみたら、周りの子は昔から一緒にいるお友達とずっといるし。それに、私は高級品とか一切持ってないから、会話にも入れなくて。お金の価値観が違うと、こうも話が合わないんだって気づいて・・・」
(似ている)
伊坂の話を聞きながら、また昔の自分を思い出していた。
都会の大学に入れば、遠くの世界に行けば、何かが自分の人生を変えてくれると、輝かせてくれると信じていた、あの純粋で無知な私。でも結局、何を得ただろう。
田舎と都会のギャップによるカルチャーショック。ついて行けない話題。友人を作るのがこんなに難しいとは思わなかった。結局、感覚も合い、一緒にいて居心地の良い地方出身の友達と過ごしていた。
(ま、その友達も都会のスピードについていけなくて、退学したし。私は、帰る家がないから卒業まで耐えるしかなかった)
ふと伊坂は私に視線を合わせた。
「でも、白石さんはずっと一人でいる。凄い財閥のお嬢様なのに」
「え、ええ。そうね」
苦笑いするしかなかった。
(まあ、大変嫌われているからね。るーちゃんの小・中の時の態度を考えると自業自得とも言うが…)
「だから、私の名前を覚えていてくれて嬉しいの。あの、こんなこと言うのもおかしいと思うかもしれないけど」
モジモジと手を動かした伊坂が、手を差し出した。
「わ、私とお友達になって欲しい!・・・です」
私は驚いて目を丸くした。面を向かって言われたのは初めてだ。
(なんて純粋な子・・・)
しかし思わず、汗ばむ伊坂の手を握っていた。
「喜んで」
白石透になって初めて、胸から何か熱いものがこみ上げてきた。
嬉しそうに飛び跳ねている伊坂を見て、更に笑みがこぼれる。
「あ、そうだ。私、白石さんのバッグを届けに来たんだ!」
当初の目的を忘れていた伊坂は、恥ずかしそうに背負っていたブランドバッグを渡した。
「そういえば、白石さん、大丈夫?鼻血・・・」
体育での騒動を思い出したのか、心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
「ええ。ありがとう。だいぶ回復したわ」
バッグを背負いながら言った。
「帰りましょうか」
伊坂は少し浮かれているようだった。
話し始めると止まらない性格のようで、学校の門に着くまで今までの中学生活とか、高校に入ったらやりたいことを話続けた。
「では、私はこれで!」
平松が待機している車の前で、伊坂が元気よく言った。
「一緒に乗って・・・」
両手をぶんぶんと振りながら伊坂が私の言葉を遮る。
「ううん、大丈夫!また明日ね!」
そう言うと、早足でその場から離れた。
「嵐のような子ね・・・」
思わず笑みがこぼれてしまう。
(…友達か)
「何か良いことでも?」
平松がミラー越しに私を見る。
「ちょっとね」
「楽しそうなことがあって結構ですが。お誕生日会のことは解決しましたか?」
思わずシートベルトかける手が止まった。
「忘れていましたね」
平松がため息を吐くのが分かった。
「お嬢様、今週の土曜日ですよ?」
「今日はタイミング悪くてお会い出来なかったの」
頬に手をあてて困った表情を作るが、こういう時、平松はミラーを見ない。
(私の迫真の演技を見ろや・・・)
「明日は必ず藤堂さまに謝罪するのですよ。天城さまをお誘いするのも忘れずに」
「はーい」
私は窓の外に目を向けた。
(まだまだ面倒くさい仕事が山積みだ・・・)
肩を揺さぶられて、私は目を覚ました。目の前に、保健室の先生の顔があった。
「そろそろ起きて。下校の時間よ」
「・・・え?」
私は筋肉痛に気をつけながら、ゆっくりと体を起こした。
「もう、そんな時間?・・・ですか?」
「だいぶ寝てたわね。お昼も食べずに」
どこか笑いを含みながら先生が時計を指さした。時計は3時を指している。
「相当疲れが溜まっていたのかしらね。さ、もう教室に戻りなさい。担任の先生には、言ってあるから、そのまま帰って大丈夫よ」
「はい。ありがとうございます」
私はうーんと伸びをしながら保健室を出て、教室へと向かった。
「良く寝たから、だいぶ体が軽くなった気がする」
肩を回し、首をポキポキさせながら歩いていると、向こうから女子生徒が走ってきた。
「あ、白石さーん!」
肩まであるおさげを跳ねさせながら駆けて来る生徒は、私の目の前で止まった。
「伊坂さん・・・?」
伊坂と呼ばれた生徒は、嬉しそうに笑った。
「名前、覚えてくれたんだ!」
「同じクラスだもの」
私がそう言うと、悲しそうに首を振る伊坂。
「同じクラスでも、誰も私の事なんて眼中にないから」
「どうして?頭が良いから、目立っていると思うわ」
授業中に当てられるのは、勉強がよく出来る生徒だ。
彼女は頭が良く真面目なため、どの授業でも真っ先に先生に名前を呼ばれている。発言量で言えば、クラストップだろう。そんな彼女が、クラスメートの眼中にないとはどういうことだろう。
「皆は、小学校からずっと一緒でしょ。私だけ、高校から入ったから。友達もいないし」
確かに一人でいるところは何度が目撃した。しかし、クラス一嫌われていると言って過言でない私が話しかけたところで、状況が良くなるとは思わなかったため、話かけることはなかった。
「それに、私、皆と違って庶民だから」
言っている意味が分からなくて、私は首をかしげた。
「真徳はお金持ちの子しか入れない学校でしょ。でもね、知ってる?数年前から入試で上位に入った一般家庭の生徒も入学できるようになったの。だから、私、一生懸命勉強して入学したの。キラキラした世界に入りたくて」
私は静かに聞いていた。
「でも、いざ入学してみたら、周りの子は昔から一緒にいるお友達とずっといるし。それに、私は高級品とか一切持ってないから、会話にも入れなくて。お金の価値観が違うと、こうも話が合わないんだって気づいて・・・」
(似ている)
伊坂の話を聞きながら、また昔の自分を思い出していた。
都会の大学に入れば、遠くの世界に行けば、何かが自分の人生を変えてくれると、輝かせてくれると信じていた、あの純粋で無知な私。でも結局、何を得ただろう。
田舎と都会のギャップによるカルチャーショック。ついて行けない話題。友人を作るのがこんなに難しいとは思わなかった。結局、感覚も合い、一緒にいて居心地の良い地方出身の友達と過ごしていた。
(ま、その友達も都会のスピードについていけなくて、退学したし。私は、帰る家がないから卒業まで耐えるしかなかった)
ふと伊坂は私に視線を合わせた。
「でも、白石さんはずっと一人でいる。凄い財閥のお嬢様なのに」
「え、ええ。そうね」
苦笑いするしかなかった。
(まあ、大変嫌われているからね。るーちゃんの小・中の時の態度を考えると自業自得とも言うが…)
「だから、私の名前を覚えていてくれて嬉しいの。あの、こんなこと言うのもおかしいと思うかもしれないけど」
モジモジと手を動かした伊坂が、手を差し出した。
「わ、私とお友達になって欲しい!・・・です」
私は驚いて目を丸くした。面を向かって言われたのは初めてだ。
(なんて純粋な子・・・)
しかし思わず、汗ばむ伊坂の手を握っていた。
「喜んで」
白石透になって初めて、胸から何か熱いものがこみ上げてきた。
嬉しそうに飛び跳ねている伊坂を見て、更に笑みがこぼれる。
「あ、そうだ。私、白石さんのバッグを届けに来たんだ!」
当初の目的を忘れていた伊坂は、恥ずかしそうに背負っていたブランドバッグを渡した。
「そういえば、白石さん、大丈夫?鼻血・・・」
体育での騒動を思い出したのか、心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
「ええ。ありがとう。だいぶ回復したわ」
バッグを背負いながら言った。
「帰りましょうか」
伊坂は少し浮かれているようだった。
話し始めると止まらない性格のようで、学校の門に着くまで今までの中学生活とか、高校に入ったらやりたいことを話続けた。
「では、私はこれで!」
平松が待機している車の前で、伊坂が元気よく言った。
「一緒に乗って・・・」
両手をぶんぶんと振りながら伊坂が私の言葉を遮る。
「ううん、大丈夫!また明日ね!」
そう言うと、早足でその場から離れた。
「嵐のような子ね・・・」
思わず笑みがこぼれてしまう。
(…友達か)
「何か良いことでも?」
平松がミラー越しに私を見る。
「ちょっとね」
「楽しそうなことがあって結構ですが。お誕生日会のことは解決しましたか?」
思わずシートベルトかける手が止まった。
「忘れていましたね」
平松がため息を吐くのが分かった。
「お嬢様、今週の土曜日ですよ?」
「今日はタイミング悪くてお会い出来なかったの」
頬に手をあてて困った表情を作るが、こういう時、平松はミラーを見ない。
(私の迫真の演技を見ろや・・・)
「明日は必ず藤堂さまに謝罪するのですよ。天城さまをお誘いするのも忘れずに」
「はーい」
私は窓の外に目を向けた。
(まだまだ面倒くさい仕事が山積みだ・・・)