悲劇のフランス人形は屈しない
「いいの?あんなこと言って」
食堂で向かいあって座りながら、伊坂が心配そうな顔で言った。
私はカレーを口に運ぶ手を休めずに答える。
「問題ないわ。既に嫌われているもの。更に悪化したところで何も変わらないわ」
「なんか、白石さんって、想像していたのと違う」
私は顔を上げた。
伊坂は、慌てたように手を振った。
「ご、ごめんね!悪い意味じゃなくて!」
伊坂は慎重に言葉を選びながら話そうとしている。
「最初はなんかもっと、周りを気にしているイメージだったから。クラスで自己紹介した時は、なんだろう・・・。頑張って明るく努めてるように感じたし」
(人を良く見ている子なのかな。誰も白石透の雰囲気が違うと気づいた人はいないのに)
感心していただけだったが、私が怒ったと思ったのか伊坂は更に体を低くした。
「気のせいだったら、ごめん。でも私は今のクールな白石さんの方が好きだよ。なんか物怖じしなくて、かっこいいというか。あ、見た目は可愛いんだけどね、なんか雰囲気が!」
早口で弁解している様子が小動物のようで、思わず笑みがこぼれる。
「え・・・なんで笑って」
「いえ、正直でいいなと思って」
顔を真っ赤にして照れている伊坂を微笑ましく思ってしまう。
(私も学生時代に伊坂さんのような子に出会いたかったな)
そんな事を考えていると、鈴の音のように明るい声がした。
「あら、白石さん!」
私は心の中で舌打ちをした。
(会いたくないから、毎回時間ずらしてたのに・・・)
さようなら、平和な時間。
あたかも自分の席のように藤堂は堂々と空いている場所に座り、私の方を向いた。
「お誕生日会の件、お母様から何か聞いたかしら?」
「ええ」
取り巻きの女子生徒は、今回も座る席がないため立っている。
「何か私に申すことはないかしら?」
勝ち誇ったような表情をしている藤堂に向かって、私はわざと首をかしげた。
「はて、何でしょう?」
「私も母から聞きましたの。白石さんが、謝罪してまで私のパーティーに来たいと仰っていると」
「何のことだか、分かりませんわ」
肩をすくめる私の態度に、藤堂のこめかみが怒りでピクピクと動いた。
「は、初めまして、藤堂さん!私、1-Cの伊坂と申します!」
藤堂と私のやりとりをハラハラしながら見ていた伊坂が、いきなり口を開いた。
「あなたは?」
初めて伊坂に気づいたと言わんばかりに、藤堂は顔を動かした。見定めるように上から下へと視線を動かしている。
伊坂莉奈(いさかりな)です。白石さんと同じクラスで・・・」
「伊坂?あの伊坂商事の?」
藤堂は、薄茶色の丸い瞳を伊坂の顔に向けた。
「い、いえ。私は普通の家の・・・」
伊坂の顔が恥ずかしさで赤くなった。
「お父さまは何している人?」
「パ…父は、会社員で…」
「会社員?」
藤堂の瞳が細められた。
「藤堂さん。用がお済みなら、そろそろ失礼して頂けます?」
私はそう言ったが、彼女の耳には届いていないようだ。後ろにいた一人が藤堂に何か耳打ちし、藤堂の顔が皮肉にゆがんだ。
「伊坂さん、でしたっけ?貴女、明日お暇?」
「え?はい、予定はありませんが」
突然の質問に驚いたせいか、伊坂は正直に答えている。
「明日、私のお誕生日パーティーがあるの。ぜひ、白石さんといらっしゃって下さいな。手ぶらでも結構よ」
「え、あの・・・?」
「白石さん、伊坂さん。明日楽しみにしているわ」
そう言いながら、どこか満足そうに立ち上がる藤堂。
「ドレスコードだけは守って下さいね」
ちらりと伊坂を一瞥して、取り巻きを連れてその場を立ち去った。
「え、私、行くこと決定しちゃった・・・?」
「そうね」
藤堂の誕生日会。プレゼントだけをさっと出して帰るつもりが、そうも行かなくなった。
「私、ドレスなんて持ってない・・・」
青ざめている伊坂に私は言った。
「伊坂さん。放課後、少しお時間いただける?」
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