悲劇のフランス人形は屈しない
白石透は、どんな時も自分の弱さを見せない子だった。
実の親に理不尽に扱われても、婚約者に冷たくされても、親友だと思っていた子に裏切られた時も、絶対に泣かなかった。いつも笑顔で乗り切っていた。
そして部屋で、一人きりの時に静かに泣くのだ。
偉そうな態度で勘違いされやすいが、実は打たれ弱く脆いのが白石透だった。
友人たちに上から目線で話してしまうのも、人との接し方が分からなかっただけで、迷惑がる婚約者に付きまとってしまうのも、初恋相手という理由もあるが、幼い頃から身近にいた人物だったから。ただ不器用なだけで、本当は寂しかっただけ。
「るーちゃんには絶対、幸せになってもらわないと・・・」
それから、先ほどからミラー越しにこちらを訝しげに見ている運転手に目を向けた。
私は記憶をたぐり寄せる。
(この運転手は、確かるーちゃんが小学生の頃から送り迎えをしていた、平松に違いない)
彼は、透が家でどんな扱いを受けているかを知っているからこそ、味方の一人だった。しかし、最終的には母親に寝返った裏切り者でもある。
「平松?」
「はい」
私は心の中でガッツポーズを作った。
(よし、私の記憶は間違っていない)
「今日は何日かしら?」
明らかに平松の顔が曇った。なぜそんなことを聞くのかと表情が物語っている。
私はわざとらしく、頬に手を当てふうとため息を吐いた。
「今日テストがあったのではと、心配で・・・」
それを聞いた運転手は「ああ」と少しほっとした顔で答えた。
「今日は4月14日です」
4月?
いつの4月?高1?高2?高3の春だけはやめて・・・
「入学してまだ日が浅いのに、もうテストがあるなんてさすが真徳高校(しんとくこうこう)ですね」
「良かった。まだ高1の春・・・」
私は胸をなで下ろした。
(るーちゃんが命を絶ってしまうのが、高校3年生の冬)
そこまでに虐げられ精神的に追い詰められていた。その頃には味方になってくれる人など、一人もいなかった。虐め自体も激化していったため、精神状態が急激に悪化するまで時間はかからなかった。
(高校生になったばかりであれば、まだ修正は可能かもしれない…)
外の流れて行く景色を見ながら、私は拳を握りしめていた。
ただ高1の時点で透を敵視していた人たちは既にいたはずだ。まずは、そこを洗い出すところから始めなくては。
「私が必ずるーちゃんを卒業させる」
今度の呟きは小さくて運転手の耳には届いていなかった。

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