悲劇のフランス人形は屈しない
「あ~もうダメ!もう無理!!」
妹はベッドの上で、笑い転げている。
私は呆然としたまま、あの何をしても表情が変わらない妹が爆笑している様子を見つめていた。
「お姉さまが、筋トレしてるとか!本当傑作ですわ!!」
可愛いらしい声を上げ、妹はまだ笑い続けている。
(え、何、これ。ヤバい状況・・・?)
全身の鳥肌が立っている。
(こんなキャラの妹、漫画の本編でも見たことがない)
ひとしきり笑ったあと、妹は目を涙でにじませながら、青ざめている私に向かって言った。
「なんですの?私だって素を出したっていいじゃない。お姉様だって、ずっと隠していたんだから」
そして、次の言葉に私の背筋が凍った。
「貴女、透さんじゃないでしょ?」
「・・・え?」
「最初は、勘違いかなと思っていたの。ちょっと雰囲気が変わっただけかと思っていたけど」
笑い転げて乱れた服を整えながら、妹は言った。
「でも、何もかもが今までのお姉さまと違いましたわ。話し方や仕草。そして、私を見る目も」
まどかの瞳が揺れた。私は何も言えず、黙ったまま妹を見つめた。
「前のお姉さまは嫌いでしたけど、今のお姉さまは好きよ。例え、別人だとしても」
「私が、別人って・・・」
カラカラの喉から声を絞り出す。これがどういう方向に展開していくのか、全く予想がつかない。
「簡単なことですわ。今までの透さんじゃ、絶対やらないことばかりやっているもの。勉強も料理も、そして運動も」
ここで少し思い出し笑いをする。
「仕草や話し方だって、私に言わせてみれば全く違う。これこそ頭が完全におかしくなったか、本当に別人かしかないと思ったの」
ずばりと妹は聞いた。
「むしろ、私が気づいていないと?」
「・・・え?」
「サポートしましてよ。お財布の場所だって、ご友人のプレゼント選びだって」
(そう言えば、そうじゃん!!)
私は頭を抱えた。
「因みに、いつから・・・?」
いつ頃から失態を晒していたのか。考えると一気に不安になった。自分の中では、原作の白石透に見合うように、それなりに言葉遣いも気をつけていたのに。
「そうですわね。確信に変わったのは」
妹はベッドから降り、私に近づいた。
「お母さまの電話に出た時ですわ」
(・・・ん?)
私は考えた。
(母の電話って、ドバイからの?)
「私、何か変なことを・・・?」
思い返してみても失態を犯した記憶はない。ただ単に、母親がヒステリーな声でまくしたてているのを、静かに聞いていただけだ。
「いいえ。普通でした」
「え、普通なら…」
妹が何を言いたいのか分からず、混乱する。
「本物のお姉さまなら、お母さまの電話に出たあとは必ず、部屋に引きこもって一日中泣き続けるわ。もう、何度もその状態を見ていましたもの」
まどかの顔が少し陰った。
「なのに貴女は動じるどころか、一緒に買い物に行こうとまで言い出した。そこで、確信したの。もう、あの陰気で惨めなお姉さまはいないと」
なぜかとても複雑な気持ちで一杯になった。
「心配しないで。誰にも言わないから。と言うより、言えないわ」
妹はふふと笑った。
「ねえ、お姉さま。貴女は一体誰ですの?」
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