悲劇のフランス人形は屈しない
そんな話が繰り広げられているとは微塵も想像していない私は、緊張しながら先生の前に座っていた。
「それで、どうするか決めたか?」
「・・・文系にします」
田中は私のテスト結果を見ながら、頷いた。
「まあ、今回の結果をみた限り、文系でも理系でもどちらでも行けるとは思うが。2年からは、理系の特別コース、文系の特別コース、そして両方を広く浅くやる一般コースに分かれる。文系の特別コースでいいか?」
(私の得意不得意で決めるなら、文系だけども・・・。るーちゃんの将来の夢が分からないから、何とも決められない)
「まだ迷っているのであれば、例えば美術や音楽、裁縫の授業も充実している一般コースにしてみるか?」
「そう、ですね・・・」
煮え切らない態度の私を見て、田中は息を吐いた。
「とりあえず、今回は一般コースで提出しとく。もし夏休みの間に、考えが変ったらまた報告しに来なさい」
「はい」
話が終わったと感じた私は立ち上がった。
「お前の人生なんだ。真剣に考えろよ」
釘を押すように先生は言った。
「失礼します」
頭を下げ、進路指導室を後にする。
(私の人生?それとも、るーちゃんの人生?)
私は重たい頭を抱えたまま帰路についた。


「何かあったの?」
22時近くに帰宅した妹が、ぼーっとダイニングテーブルに座っている私を見て、声をかけた。
「表情が暗いけど」
「え?ううん、大丈夫」
慌てて笑顔を作り、さっと立ち上がった。
「あ。そうだ、今日プリンを作ったんだけど、食べる?」
「食べますわ!」
飛び上がらんばかりに、まどかが言った。
厳しいルールでもあるのか、家政婦の芦屋は一度もスイーツを作ったことがない。大きな食品庫にもお菓子の類いは一切なかった。
スプーンを用意し、冷蔵庫で冷やしたプリンを妹の前に置いた。
まどかは目をキラキラさせながら、それを一口食べる。
「美味しい!」
喜んでいる妹の顔を見ると、さっきまでの重い気持ちが一気に吹っ飛んだ。
「これが作れるお姉さまは凄いわね」
本気で感心している様子だ。
「ありがとう」
私は一呼吸置き、ずっと気になっていたことを口にした。
「まどか。知っていたらで、いいんだけど」
妹が顔を上げた。
「るーちゃんの将来の夢って聞いたことある?」
「将来の夢?」
考え込むように妹は言った。
「う~ん。どうでしょう。最近は全く話してなかったから」
「そっか。白石透が将来なりたかったものに、なってあげたかったのだけど」
「あ、一つあったわ!」
両手を合わせて妹が言った。
「え!なに?」
私は身を乗り出した。これでこれから進むべき道が見えるかと思われた。
「天城さまのお嫁さんですわ!」
(・・・はい、無理)
すっと椅子に戻る。
「数年前に、高校に入ってからは花嫁修行をする、と言っていた気がするわ」
「うん、それは、ちょっと」
何かを察したのか妹は一瞬間を置いて言った。
「そうね。今のお姉さまは、天城さまがお嫌いなのよね」
「な、なぜそう思うの・・・?」
「天城のやろ~!と言ってたもの。二度も」
「あ・・・」
(そうだ。聞かれていたんだった。もはや誤魔化しは意味ないか)
「まあ、正直なところ、私もなぜお姉さまがあそこまで天城さまに執着していたのか分からないわ。特に優しい訳でもなく、仲が良い訳でもないのに」
まどかは首を傾げた。
「顔、かしら?」
時々妹はずばりと凄いことを言う。
「原作では近所にいた唯一の男の子だったから、とは描いてあったけど・・・」
私は自分用の形の悪くなったプリンを口に運んだ。
(天城の顔が好みだったというのも一理あるのか…?)
ぼんやりと天城の顔を思い浮かべてみた。
普段は愛想のない無表情に、抑揚のない低いトーンの話し方。しかしそれが透に対しては一変し、人を射るような目つきの鬼顔。
(いや、ないな。冷静に考えなくても、好きになる要素ゼロだ。やはりただの設定か?)
首を傾げる。
「ねえ、お姉様は?生前の夢は何だったの?」
ふとまどかが聞いた。
「私?私の夢は・・・」
手元のスプーンを見つめる。
(田舎を出た時は、都会でオシャレな子に囲まれて輝かしい生活を送るって意気込んでたけど・・・。その時もその後も、何も考えてなかった)
今思うと、いきなり実家を飛び出して都会に移り住んだのは軽率だった。もっと真剣にやりたい事を考えて、両親に伝えていれば、そうすれば、家業を継がない決定も大反対されなかったかもしれない。喧嘩別れして、一生会えない、なんてことはなかったかもしれない。
「お姉様・・・?」
沈黙したままでいる私の顔を、妹が心配そうに覗き込んだ。
「覚えてない、みたい」
あははと笑いながら誤魔化す。
嘘だ。本当は、就きたい仕事も将来なりたい職業も一つもなかったんだ。ただ、平穏で刺激のない田舎から出て行きたかった。それだけ。
(私って空っぽ・・・)
ずしんと肩が重くなった。
「良かったわ。また今から見つけられるチャンスがあって。お姉さまの二度目の人生に感謝ね」
「・・・え?」
私は顔を上げて、天使のように微笑む妹の顔を見た。
「生前のお姉さまも、過去の白石透も、どちらも夢がなかったのだから、これから見つければいいのよ。何を選んでも、それは正式なお姉さまの夢になるわ」
小学生とは思えない大人びた台詞がすっと胸に流れこんでくる。
(私が選んでいいの・・・?るーちゃんの将来を?)
目頭が熱くなり、涙が出そうになる。
「まどか、あり・・・」
そこまで言いかけた時、玄関の方が騒がしくなり、誰かが入ってきた。
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