悲劇のフランス人形は屈しない
その人物は、娘二人が向かい合っている姿を見、それから食べかけのプリンに視線を移した。
「な、何をしているの・・・?」
母の声が震えている。
私もまどかも驚きのあまり、恐ろしい形相の母親の姿が近づいてくるのを黙って見ているしかなかった。
「透!」
近所中に響き渡るような声で叫んだ。
また殴られると覚悟したが、平手打ちは飛んでこなかった。
その代わり、母親はまどかに向かって言った。
「まどかさん。二階で勉強してなさい。今日中に問題集を一冊終わらせること。いいわね?」
時計をちらりと見るとすでに23時に近い。
「はい、お母さま」
消え入りそうな声でまどかは言うと、静かに席を立った。
「原田さん。まどかさんが、ちゃんとやるまで眠らせないように」
母親の後ろから荷物を運んで入って来た、母親専用の家政婦である原田は、恭しく頭を下げるとまどかに続いた。
二階でドアが閉まる音がして、家中がしんと静まり帰った。
「透さん、説明して?」
母親が口を開いた。
心臓が激しく鼓動し、全身から冷や汗が出る。
「どうして、言いつけが守れないのかしら?簡単なことでしょう!」
平手打ちが飛んで来る。そう思った瞬間、思考より先に体が動いてしまった。
「な!」
寸前のところで、腕を掴んでいた。
「は、離しなさい!母親になんてことを・・・」
予想もしなかった娘の行動に母親が声を詰まらせた。
「娘なら叩いていいと思っているのですか、お母様は?」
母親は力尽くで、私の手から腕を引っこ抜いた。
毎日筋トレを日課にしているとは言え、小さい透の体はまだ身長も力もある母親の力には敵わない。
「話をすり替えないで。私は、言いつけの話をしているのよ!」
「・・・なぜ、妹と話してはいけないのですか?」
冷静に私は聞いた。全身が震えているが、気にならなかった。
「貴女の存在が、まどかさんに悪影響だからよ!」
そんな事も分からないの、と軽蔑した視線で私を見下ろす母親。
「悪影響・・・?」
「何の才能もない貴女が、貴重なまどかさんの時間を無駄にしていると思うと、寒気がするわ。貴女と違って、あの子には将来があるのよ!」
(つまり、白石透には将来がないと・・・?)
私は奥歯を噛みしめた。
「どうして姉妹でこうも違うのかしら」
憎しみの籠もった母親の高い声が脳内に響く。
「今日、担任の先生から連絡があって試験結果がどうこう言っていたけど」
母親は続ける。
「貴女の成績が良くたって悪くたって、関係ないの。貴女はただ、お友達と楽しく遊んでいるだけでいいの。その分の支援はしてあげているわ。これからだって、高価で手に入りにくいお洋服も沢山買ってあげるつもりよ」
(つまり、金はやるから静かにしてろって事ね。一方は将来大物にしたい娘、そしてもう片方は金持ち界のマウント用の娘。・・・つまり人形)
いつの間にか体の震えは収まり、脳内が冷静に機能し始める。
「お金だって自由にしていいの。その代わり、約束して頂戴。まどかさんに近づかないこと。いい?貴女の存在は彼女にとって邪魔でしかないの。妹に迷惑をかけて楽しい姉なんている訳ないわよね?だからもう、一緒にご飯を食べたりしないで頂戴。食事の世話は、家政婦がやる仕事よ」
「言いたいことは分かりましたわ、お母様」
私はにっこりと笑った。
「妹に近づかない。学校へ休まずに行く。この二点でよろしいかしら?」
母親はいきなり態度が急変した娘の姿に、眉をひそめた。
「そうよ。次、約束を破いたら・・・」
「約束ではありませんわ、お母様。勘違いなさらないで。これは単にお母様の要望だもの。約束と要望は全く違いますわ」
これは一方的に言われているだけであって、私は自分でその要望を飲むかどうか決めると態度で示す。もちろん、従うつもりはない。
「では、明日も学校がありますので、失礼します」
私はさっとその場から離れた。
部屋に戻り、しばらくすると何かが割れる音がした。
また母親がヒステリーを起こしているのだろう。まどかの部屋から原田が慌てて出て行くのが分かった。
「な、何をしているの・・・?」
母の声が震えている。
私もまどかも驚きのあまり、恐ろしい形相の母親の姿が近づいてくるのを黙って見ているしかなかった。
「透!」
近所中に響き渡るような声で叫んだ。
また殴られると覚悟したが、平手打ちは飛んでこなかった。
その代わり、母親はまどかに向かって言った。
「まどかさん。二階で勉強してなさい。今日中に問題集を一冊終わらせること。いいわね?」
時計をちらりと見るとすでに23時に近い。
「はい、お母さま」
消え入りそうな声でまどかは言うと、静かに席を立った。
「原田さん。まどかさんが、ちゃんとやるまで眠らせないように」
母親の後ろから荷物を運んで入って来た、母親専用の家政婦である原田は、恭しく頭を下げるとまどかに続いた。
二階でドアが閉まる音がして、家中がしんと静まり帰った。
「透さん、説明して?」
母親が口を開いた。
心臓が激しく鼓動し、全身から冷や汗が出る。
「どうして、言いつけが守れないのかしら?簡単なことでしょう!」
平手打ちが飛んで来る。そう思った瞬間、思考より先に体が動いてしまった。
「な!」
寸前のところで、腕を掴んでいた。
「は、離しなさい!母親になんてことを・・・」
予想もしなかった娘の行動に母親が声を詰まらせた。
「娘なら叩いていいと思っているのですか、お母様は?」
母親は力尽くで、私の手から腕を引っこ抜いた。
毎日筋トレを日課にしているとは言え、小さい透の体はまだ身長も力もある母親の力には敵わない。
「話をすり替えないで。私は、言いつけの話をしているのよ!」
「・・・なぜ、妹と話してはいけないのですか?」
冷静に私は聞いた。全身が震えているが、気にならなかった。
「貴女の存在が、まどかさんに悪影響だからよ!」
そんな事も分からないの、と軽蔑した視線で私を見下ろす母親。
「悪影響・・・?」
「何の才能もない貴女が、貴重なまどかさんの時間を無駄にしていると思うと、寒気がするわ。貴女と違って、あの子には将来があるのよ!」
(つまり、白石透には将来がないと・・・?)
私は奥歯を噛みしめた。
「どうして姉妹でこうも違うのかしら」
憎しみの籠もった母親の高い声が脳内に響く。
「今日、担任の先生から連絡があって試験結果がどうこう言っていたけど」
母親は続ける。
「貴女の成績が良くたって悪くたって、関係ないの。貴女はただ、お友達と楽しく遊んでいるだけでいいの。その分の支援はしてあげているわ。これからだって、高価で手に入りにくいお洋服も沢山買ってあげるつもりよ」
(つまり、金はやるから静かにしてろって事ね。一方は将来大物にしたい娘、そしてもう片方は金持ち界のマウント用の娘。・・・つまり人形)
いつの間にか体の震えは収まり、脳内が冷静に機能し始める。
「お金だって自由にしていいの。その代わり、約束して頂戴。まどかさんに近づかないこと。いい?貴女の存在は彼女にとって邪魔でしかないの。妹に迷惑をかけて楽しい姉なんている訳ないわよね?だからもう、一緒にご飯を食べたりしないで頂戴。食事の世話は、家政婦がやる仕事よ」
「言いたいことは分かりましたわ、お母様」
私はにっこりと笑った。
「妹に近づかない。学校へ休まずに行く。この二点でよろしいかしら?」
母親はいきなり態度が急変した娘の姿に、眉をひそめた。
「そうよ。次、約束を破いたら・・・」
「約束ではありませんわ、お母様。勘違いなさらないで。これは単にお母様の要望だもの。約束と要望は全く違いますわ」
これは一方的に言われているだけであって、私は自分でその要望を飲むかどうか決めると態度で示す。もちろん、従うつもりはない。
「では、明日も学校がありますので、失礼します」
私はさっとその場から離れた。
部屋に戻り、しばらくすると何かが割れる音がした。
また母親がヒステリーを起こしているのだろう。まどかの部屋から原田が慌てて出て行くのが分かった。