悲劇のフランス人形は屈しない
「家庭教師?夏休み中に?」
午前授業が終わり、生徒は解散となった。
まだバイトまで時間がある伊坂を食堂に連れて、私はずっと考えていた話を持ち出した。
「ちゃんとその分は支払うわ。そうね、一日3時間で1万はどう?もちろん忙しい日は1時間でもいいわ。そういう場合もお給料は発生させる」
「え!」
伊坂は目を丸くした。
高校生であれば一日8時間働いてやっと1万円稼げるかくらいだろう。
「悪くない条件だと思うのだけれども」
「むしろ凄く良い条件だよ!でも・・・」
伊坂は食べかけのホットサンドに目を落とした。
「私なんかで・・・」
「どうしても夏休み中に学力を上げたいの」
真剣な声で私は言った。
昨日の母親との会話を思い出していた。
成績なんてどうでもいいと、自分の顔を立てる為に高級なお洋服を見せびらかす人形で良いと、散々長女を見下している母親。
白石透を馬鹿にされたままで、終われるわけがない。
「伊坂さん、前に言ってくれたじゃない?成績を爆上がりさせたいって。夏休み明けのテストで、そうね、上位には食い込みたいわ」
「…じょ、上位に?」
「ええ。それには伊坂さんの協力も必要なの。3時間1万円だけど、もちろん今までのように課題も出して欲しいわ。私もしっかり期待に応えられるように自習もする」
「…やる!」
しばらくの沈黙の後、伊坂が私の手を握った。
「私、精一杯やらせてもらいます!白石さんを上位に食い込ませる!」
「ありがとう」
あまりの勢いに若干気圧されながら私は言った。
「もし、他のバイトが忙しかったら調節するから言ってね。もちろん伊坂さんの生活を優先して欲しいし、空いている時間で構わないわ」
伊坂は、頷いた。
「今日のバイトで、夏休みのシフトが発表されるから、そしたら連絡するね」
「ええ、お願い」
心の中でほっと息をする。
今回のテストで点が上がったのも、伊坂のおかげだ。先生よりも分りやすい解説をしてくれるので、記憶に残りやすい。みっちり夏休み中に勉強が出来れば、もはや白石透を頭の悪い生徒と認識する人は減るだろう。
(なんとしても、負のイメージは早めに摘んでおかなきゃ)
これがきっかけで、白石透も伊坂も大きな渦に飲み込まれることになるが、それはもう少し先の話になる。
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