悲劇のフランス人形は屈しない
「ごきげんよう、白石さん」
満面の笑みで挨拶してきたのは、藤堂茜(とうどう あかね)だった。
太陽のように眩しい笑顔で、誰にでも優しい天使のような藤堂は、よく透と行動を共にしていた。しかし、高校2年生の夏、突然手のひらを返したように透に強く当たるようになる。その背後に誰かがいたとしても、無抵抗の透に罵詈雑言を浴びせ、教科書を破いたり、机をペンキで汚したりと虐めのリーダーとして振る舞っていた藤堂を見ると、胸がムカムカした。
「ごきげんよう」
楽しそうに腕を組んでくる藤堂を無表情で見つめる。
(ただの純粋で優しいお嬢様にしか見えないのに)
しかし、茜が吐き捨てた台詞の中ではこんな言葉があった。
〈私は中等部の頃からずっと、貴女のことが憎かった〉
〈努力もせずに全てを手に入れている貴女が、疎ましくて嫌いでたまらなかった〉と。
そして後から知ることになるのだが、透の見た目に一種の憧れも抱いていた為、整形もしていた。その弱みを透に握られたと思い、激怒して暴挙に出たのが理由だと言う。
(るーちゃんは何も知らず、ただ唯一の親友として慕っていただけなのにね)
私は藤堂の横顔を、目を細めて見つめる。
彼女の心に大きな傷を残した一人だ。油断は出来ない。
(嫌いな相手によくもまあ、ここまで気持ちを隠せるもんだ)
藤堂の腕組みから逃れようとしていると、突然周りがわっと沸いた。
「きゃー!来ましたわ!」
「なんて運がいい日なの」
「カメラ、カメラ!」
何事かと後ろを振り返ると、颯爽と歩いてくる3人の男子生徒が目に入った。身長は全員180㎝以上あるせいか、3人一緒にいるだけで人目を引くのは理解出来る。制服は規則通り着ているはずなのに、ちょっとした着崩し方が、なんとも・・・若い。
(男は全く着目してなかったから、細かい設定は知らないな)
記憶を掘り起こしたくとも、透の婚約者のキャラしか覚えていない。
無表情の黒髪男子、前髪が異常に長い男子、髪をワックスで遊ばせた爽やか男子に目を向けた。
(確か黒髪が婚約者だったっけ・・・)
「今日も相変わらずかっこいいわね」
隣で藤堂がうっとりとした表情で言った。
「本当、白石さんが羨ましい。あの天城(てんじょう)さまの婚約者なんだもの」
(羨ましい、ねぇ)
私は腕を組み、周りの騒動に微塵の反応も見せない黒髪の天城を見た。
(親同士の口約束の婚約者だし、性格も口も悪いからなぁ)
ある年の冬。透は、婚約者から婚約を破棄したいと言われる。
――お前のことを好きになったこともなければ、将来を一緒に過ごしたいとも思わない。俺が将来を約束したのは・・・――
捨て台詞のようにそう言っていた気がする。
はっきりと覚えている訳ではないが、婚約者の言葉が透を奈落の底まで突き落としたことだけは分かっている。
(るーちゃん。こんな奴、貴女には勿体ないよ)
目の前を通り過ぎていく、無表情の天城を見送ろうと思っていた矢先、頭がピリッとした。
ふと脳裏に何かが流れ込んで来る。
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