悲劇のフランス人形は屈しない
デザートのババロアとアイスクリームが運ばれてくる前に、父親は仕事から電話がかかって来たため、先に失礼すると個室を出て行った。
部屋の中がしんと静まり返った。先ほどまで給仕していたウェイターも、デザートまで出し終わり、役目を果たしたためもういない。デザートを食べるスプーンの音だけが響いていた。
(家族の会話ってこんなにないもの・・・?)
自分も早くに家を出た身ではあるが、中学までは食卓を家族で囲って会話はしていた。口数の少ない父親は一人黙って食事していたが。
(そもそも、まどかの成績しか興味ないもんな。しかもその情報も本人じゃないところから仕入れてくる。だから、話すこともないというところか)
―ピピピ!
静寂を破るように母親の携帯が鳴った。
「もしもし?」
表示された名前を見てから一瞬戸惑った様子の母親だったが、すぐに出た。
「ええ。どうかしまして?まあ、そうですの。・・・え?」
始めは問題がないように見えた。しかし、どんどん顔が険しくなっていく様子が目に見えて分かった。鬼の形相になっていく母親の顔を、私もまどかも凝視していた。
「ごめんなさいね。何かの間違いですわ。ええ。こちらから、また連絡させますわね。ごきげんよう」
電話を切ると、ゆっくりと母親は呼吸した。レストランで癇癪を起こさないように自分を抑えているようだ。理性はまだ保とうと努力がこちらまで伝わってくる。
(・・・ああ、また何か来る)
思わず私は喉を鳴らした。
「透さん」
「はい」
テーブルの下で拳を作り、防御の態勢を作る。
「何か私に伝え忘れていることは?」
まどかも何事かとこちらを見つめている。
「・・・特には」
考えても特に何も思い当たらない。
(母親がドバイから帰宅して以来、ずっと大人しくしていたはずだ。まどかと二人きりになってもいないし、料理もしていない。もちろん勝手に買い物もしてないし)
母親が何の答えを求めているのか、全く見当が付かず首を傾げたその時、
パシャッ
隣でまどかがハッと息を呑んだ。
「母親を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!」
もはや理性が飛んだ母親は叫んだ、
無駄に時間をかけてセットした、パールの付いた髪から水がしたたり落ちた。
「貴女は、どこまで無能なの?どこまで私の手を煩わせたら気が済むの?本当に救いようのない子ね!」
激怒している人を目の前にすると、逆に冷静になるのは何故だろう。
「何の話でしょうか?」
濡れた顔を拭きもせず、私は怒りで顔を真っ赤にしている母の顔を見た。
「来週の土曜日、蓮見さんのパーティーに誘われたそうね」
(ああ、その話だったのか)
「それが?」
「それを断るなんて、自分をおごるもの大概にしなさい!お友達は大切になさいと言ったでしょう。貴女が出来ることはそれだけじゃない!」
私が黙り、部屋に沈黙が流れた。
母親が静かな声で言った。
「必ず参加なさい。新しい服も買いなさい。みっともない姿で行くのは許しません」
そう言いながらバッグの中から、既に持っているにも関わらず、もう一枚のブラックカードをテーブルの上に置いた。
「現金が必要なら、明日までに用意しておくわ。誰が見ても高価な服を着ていくのよ。いいこと?」
黙ったままでいる私に向かって母親は叫んだ。
「返事は!」
「…はい」
私が答えるまで母親は解放してくれないと思うと、思わず返事をしていた。母親はバッグを乱暴に閉じると、足音を響かせて個室から出て行く。しかしドアを開ける手前で、振り返らずに冷たい声で言った。
「それから、パリ行きは諦めることね」
そして、部屋の中には呆然と青ざめたままのまどかと、頭から水浸しの私が残った。
「お姉様・・・」
そう声をかけた時、ドアの向こうから母親がまどかの名前を呼んだ。
「早くいらっしゃい!」
まどかはしばらく迷った後、「ごめんね」と小さく呟くと部屋を出て行った。
部屋の中がしんと静まり返った。先ほどまで給仕していたウェイターも、デザートまで出し終わり、役目を果たしたためもういない。デザートを食べるスプーンの音だけが響いていた。
(家族の会話ってこんなにないもの・・・?)
自分も早くに家を出た身ではあるが、中学までは食卓を家族で囲って会話はしていた。口数の少ない父親は一人黙って食事していたが。
(そもそも、まどかの成績しか興味ないもんな。しかもその情報も本人じゃないところから仕入れてくる。だから、話すこともないというところか)
―ピピピ!
静寂を破るように母親の携帯が鳴った。
「もしもし?」
表示された名前を見てから一瞬戸惑った様子の母親だったが、すぐに出た。
「ええ。どうかしまして?まあ、そうですの。・・・え?」
始めは問題がないように見えた。しかし、どんどん顔が険しくなっていく様子が目に見えて分かった。鬼の形相になっていく母親の顔を、私もまどかも凝視していた。
「ごめんなさいね。何かの間違いですわ。ええ。こちらから、また連絡させますわね。ごきげんよう」
電話を切ると、ゆっくりと母親は呼吸した。レストランで癇癪を起こさないように自分を抑えているようだ。理性はまだ保とうと努力がこちらまで伝わってくる。
(・・・ああ、また何か来る)
思わず私は喉を鳴らした。
「透さん」
「はい」
テーブルの下で拳を作り、防御の態勢を作る。
「何か私に伝え忘れていることは?」
まどかも何事かとこちらを見つめている。
「・・・特には」
考えても特に何も思い当たらない。
(母親がドバイから帰宅して以来、ずっと大人しくしていたはずだ。まどかと二人きりになってもいないし、料理もしていない。もちろん勝手に買い物もしてないし)
母親が何の答えを求めているのか、全く見当が付かず首を傾げたその時、
パシャッ
隣でまどかがハッと息を呑んだ。
「母親を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!」
もはや理性が飛んだ母親は叫んだ、
無駄に時間をかけてセットした、パールの付いた髪から水がしたたり落ちた。
「貴女は、どこまで無能なの?どこまで私の手を煩わせたら気が済むの?本当に救いようのない子ね!」
激怒している人を目の前にすると、逆に冷静になるのは何故だろう。
「何の話でしょうか?」
濡れた顔を拭きもせず、私は怒りで顔を真っ赤にしている母の顔を見た。
「来週の土曜日、蓮見さんのパーティーに誘われたそうね」
(ああ、その話だったのか)
「それが?」
「それを断るなんて、自分をおごるもの大概にしなさい!お友達は大切になさいと言ったでしょう。貴女が出来ることはそれだけじゃない!」
私が黙り、部屋に沈黙が流れた。
母親が静かな声で言った。
「必ず参加なさい。新しい服も買いなさい。みっともない姿で行くのは許しません」
そう言いながらバッグの中から、既に持っているにも関わらず、もう一枚のブラックカードをテーブルの上に置いた。
「現金が必要なら、明日までに用意しておくわ。誰が見ても高価な服を着ていくのよ。いいこと?」
黙ったままでいる私に向かって母親は叫んだ。
「返事は!」
「…はい」
私が答えるまで母親は解放してくれないと思うと、思わず返事をしていた。母親はバッグを乱暴に閉じると、足音を響かせて個室から出て行く。しかしドアを開ける手前で、振り返らずに冷たい声で言った。
「それから、パリ行きは諦めることね」
そして、部屋の中には呆然と青ざめたままのまどかと、頭から水浸しの私が残った。
「お姉様・・・」
そう声をかけた時、ドアの向こうから母親がまどかの名前を呼んだ。
「早くいらっしゃい!」
まどかはしばらく迷った後、「ごめんね」と小さく呟くと部屋を出て行った。