悲劇のフランス人形は屈しない

考察

「お姉さま―!!」
翌朝、妹の声と突然のしかかる体の重みで目を覚ました。
「な、なにごと・・・」
薄めを開けると、まどかが私の上に覆い被さっている。
「お姉さま、大丈夫?泣いているの?私の前からいなくならないで~!」
「あの、私の上で暴れないで・・・」
まどかがジタバタする度に、昨日の無謀なパンチの繰り出しによる筋肉痛が全身に広がる。
「どこか痛むの?怪我したの?」
「筋肉痛が・・・」
まどかはしぶしぶ私の上から降り、ベッドに座った。
私も久しぶりの激しい運動による後遺症を味わいながら、体を起こした。
「昨夜はどこにいたの?」
大きな瞳を心配そうに揺らしながら妹は言った。
「中々帰宅しないから心配したのよ・・・」
「怒りの矛先をサンドバッグにぶつけてきた」
そう言いながら私は腕を持ち上げた。
相変わらず細い腕だが、以前より筋力がついた気がする。
「サンドバッグ?どこにそんな物が・・・」
「ボクシングジムよ。乗り込んだの」
「乗り込っ・・・んだの?」
「だって、相当腹が立ってたから。私、水かけられたのは人生初よ」
「…あれは、酷いわ。許せない」
昨日の場面を思い出して、妹は怒ったように頭を振った。
「昔からあの母親は、いつもるーちゃんに対してあんな感じだったの?」
私は聞いた。
もしそうなら、本当に酷すぎる。他人の自分が経験しても傷つくほどだから。
(学校だけじゃなく、家でもあんな風に虐げられていたら、メンタルがボロボロになるのは当たり前だ)
「私のせいだわ」
しばらくの沈黙の後、うつむき加減にまどかは言った。
「昔、お姉さまが言ってたの。私が生まれてから、母の態度が急変したって」
(確かに、漫画にも描かれていた。最初は両親とも初娘を、るーちゃんを可愛がっていたけど、学習能力や運動能力が低いことが分かり、父親は関心をなくし、母親も怒りを隠せなくなった。その後、まどかが生まれ、幼稚園の入試で天才だと発覚してから、るーちゃんへの冷遇が始まった)
私は腕を組んだ。
「しかし、設定だもんな」
「え?」
私は考えながら言った。
「母親の態度が冷たいのは、そういう設定だからなの。これは一生変らない。いや、変えられないと言った方が正確かな。母親だけじゃなく、既に私を嫌いな他の人たちにも当てはまることなんだけど。だから、これからも私は母親に昨日のような仕打ちをうけることになる」
「・・・そ、そんなの嫌よ!何か避ける方法は?お姉さまは、ストーリーの流れを知っているのよね?どんなことが起きるか分かるのであれば、対処出来るのではなくて?」
まどかは泣きそうな顔をで、身を乗り出した。
「実は、物語が本格的に進行するのは、高2からなの。だからこの時期はあまりヒントがないのよ」
「そんな・・・」
「だから、一番良い方法は白石透を嫌う相手を避けることなんだけど」
そう。関わらなければ、ストーリーも感情も悪い方へは進行しない、はず。
しかし思わず、うーんと思わず唸る。
(ただ、そんな単純な話じゃないんだよね)
回避したところで、そのルートに戻されている。
二度も回避しようと試みたにも関わらず、前回も今回もパーティーへの参加を強要された。私ははあとため息を吐いた。
「とりあえず、母は今日から海外でしょ。しばらくは大丈夫ね、きっと」
娘の出発を待つ必要がなくなった両親は、予定よりも早くフランスへと旅立っていた。運が良ければ、3週間とは言わずそれ以上不在でいてくれるかもしれない。
「ただ、問題は・・・」
(パーティーで顔を合わせないといけない天城かも。どうにか避ける方法を見つけないと)
「お姉さま」
まどかが私の隣に寄ってきた。
「以前、私にストーリーがどうなるか、教えられないと言っていたけど。お姉さまの敵だけは教えて欲しいの」
私は妹の幼い顔を凝視した。
「知っているだけで、何かの役に立つかもしれないわ。私だってお姉さまに恩返しがしたいの」
「恩返し?」
ごそごそと布団にもぐりこみながら、まどかは小さな声で言った。
「私、生まれて初めて幸せな気持ちになったの。お姉さまとお揃いのワンピースを着た時も、ピザを食べた時も、出来たての朝ご飯を食べた時も」
その時タイミング良く、私のお腹が鳴った。
時計を見ると、既にお昼の時間は過ぎている。
「だから、お願い。私にも何か出来ることがあったら、手伝いたいの」
懇願するような瞳に、もちろんノーなんて言える訳もない。私は頷くと、妹に向かって言った。
「まずはランチにしようか」
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