悲劇のフランス人形は屈しない
遅めのランチが終わり、私はまどかに向き直った。
「いい?これは誰にも言っちゃだめよ?」
私は何度か考え直すように伝えたが、まどかは断固として敵を知りたいと譲らなかった。
「もちろん。私には話す相手がいないもの」
悲しいことを満面の笑顔で言う妹に、私は降参というように手を上げた。
「分かった。白石透を嫌いな人物は、まず母親・・・」
そう言いながらも、少し心が痛んだ。
(・・・例え白石透には敵だったとしても、この子の母親ではあるのに)
私の気持ちを読み取ったのか、まどかが言った。
「心配はいらないわ。私のとっての母親は、あの人ではないから。私の家族はお姉さまだけよ」
あの人、という言葉に母親との心の距離が見えた。
「お父さまは?敵にはならない?」
まどかが聞いた。
「父親はあまり出てこなかったんだよね。家にほとんどいないでしょ?だから、全く読めないのが正直なところかな」
「今のところは無害と言ったところかしら」
「そうだね」
昨日の透に対する態度から見るに、確かに育児は放棄しているが、母親のような負の感情は見受けられなかった。
「その他には?例えば、家政婦さんや平松は…」
「問題ないと思う」
たぶん、と心の中で付け加える。
漫画では、最終的に母親の味方になった平松が裏切ることになっている。しかし、今のところそのような兆候は見られない。ただ母親へ情報を伝達しているだけだ。
「後は、学校生活ね」
まどかの目が光る。
「お姉さまの様子が変になったのは、お母さまだけのせいかと思っていたけど。やはり学校にも敵はいるのでしょう?…例えば、天城さまとか」
「な、なんで分かるの?」
口をあんぐりと開ける私の顔は、相当馬鹿面だったと思う。
「今のお姉さまの態度を見れば分かるわ。あの怒りようは、凄まじかったもの」
思い出し笑いをする妹に、相当の羞恥を晒していたのだと確信する。
「彼は、敵なの?昔のお姉さまは相当好きだったようだけど」
「敵というか。もの凄く嫌われている、という感じ」
「それも、設定?」
理解の早い妹は、すぐに私の意図を読み取った。
私は頷いた。
「彼は最後まで、私を嫌ったままでしょうね」
「最後・・・。ストーリーはどこで終わるの?」
まどかの真っ直ぐな視線に思わず、ぐっと喉を鳴らした。
(白石透が自殺したところで終わる、なんて言えない・・・)
「・・・卒業の手前かな」
「お姉さまは卒業出来なかったのよね?ストーリーでは」
記憶力までも素晴らしい妹は、ずばり痛いところを突いてくる。
「そう。だから、卒業することが一番の目的なの」
妹は腑に落ちない様子だったが、それ以上は言及してこなかった。
「天城さまは、卒業の日までお姉さまを嫌うと?」
「恐らくね。でも卒業後に別々の道を選べば問題ないでしょう。要は顔を合わせなければいいのだから」
「お姉さまは、ストーリーが終わったらどうなるの?」
私の心の底でも疑問に思っていたことを妹は口にした。
「消えてしまうの?」
「私も分からない。こればっかりはね」
困ったように笑うしかない。
「そう・・・」
まどかの眉尻が不安そうに下がった。
「でも安心して。まだまだ卒業まで時間はあるから」
(まだ何一つストーリーは変えられてないけど・・・)
一抹の不安は残るが、今悩んでも仕方がない。とにかく、少しずつ変化を起こしていくしか道はないのだ。
「天城さまは、どう回避するの?」
まどかがテーブルに両腕を乗せた。
「とりあえず、会わないようにするしかないかな。母親の邪魔が入らない限り、結構頑張って避けている方よ」
「来週のパーティーでも、なるべく関わらないようにしてね」
「そうだね。頑張る」
蓮見のパーティーも、さっと顔を出してすぐに帰るつもりでいる。厄介な出来事に巻き込まれないようにするには、それしか道はない。
「ただ、藤堂がどう出てくるか・・・」
「それも敵の一人?」
まどかが身を乗り出した。
「藤堂茜は、たいぶ昔から白石透を恨んでいる」
「藤堂財閥の娘よね?お母さま同士の仲が良いとか」
私は頷いた。
(仲が良いというかマウントを取り合うライバル的存在な気がする)
これも後で分かったことだが、今回の蓮見のパーティーを断ったという連絡も、藤堂の母から来たものだったらしい。
「他にはいますの?」
「要注意人物は、西園寺響子ね」
郡山園子のことは、黙っておいた。ただ単にクラスで小さい嫌がらせをしてくるだけで、特には大きな問題にはならない。問題の体育も、現在は、先生が私を授業に参加させまいとしている為、今のところ大きな事件は起こっていない。
西園寺響子こそ、極めて危険視すべき人物だ。前半こそ全く出てこないものの、裏では彼女が糸を引いている。そして、最終的に自らの手で白石透を消し去るという行動力も持ち合わせている。
「西園寺響子。聞いたことないわ」
まどかは顎に手を当てた。
「この地域には住んでいないご令嬢かしら」
金持ち界隈でも有名なはずだが、まだ漫画でも登場しないタイミングのせいで、現時点では情報が全くないのだろうか。藤堂のパーティーで見かけた事が、むしろ異例だったようだ。
「調べてみるわ」
妹はそう言うと、自信ありげににっこりと笑った。
その笑顔の後ろに何かが隠されていそうで、背筋がぞっとした。
「まどか、くれぐれも犯罪には手を出さないでね・・・?」
私の言葉が妹の耳にちゃんと届いたかどうかは、定かではない。
「いい?これは誰にも言っちゃだめよ?」
私は何度か考え直すように伝えたが、まどかは断固として敵を知りたいと譲らなかった。
「もちろん。私には話す相手がいないもの」
悲しいことを満面の笑顔で言う妹に、私は降参というように手を上げた。
「分かった。白石透を嫌いな人物は、まず母親・・・」
そう言いながらも、少し心が痛んだ。
(・・・例え白石透には敵だったとしても、この子の母親ではあるのに)
私の気持ちを読み取ったのか、まどかが言った。
「心配はいらないわ。私のとっての母親は、あの人ではないから。私の家族はお姉さまだけよ」
あの人、という言葉に母親との心の距離が見えた。
「お父さまは?敵にはならない?」
まどかが聞いた。
「父親はあまり出てこなかったんだよね。家にほとんどいないでしょ?だから、全く読めないのが正直なところかな」
「今のところは無害と言ったところかしら」
「そうだね」
昨日の透に対する態度から見るに、確かに育児は放棄しているが、母親のような負の感情は見受けられなかった。
「その他には?例えば、家政婦さんや平松は…」
「問題ないと思う」
たぶん、と心の中で付け加える。
漫画では、最終的に母親の味方になった平松が裏切ることになっている。しかし、今のところそのような兆候は見られない。ただ母親へ情報を伝達しているだけだ。
「後は、学校生活ね」
まどかの目が光る。
「お姉さまの様子が変になったのは、お母さまだけのせいかと思っていたけど。やはり学校にも敵はいるのでしょう?…例えば、天城さまとか」
「な、なんで分かるの?」
口をあんぐりと開ける私の顔は、相当馬鹿面だったと思う。
「今のお姉さまの態度を見れば分かるわ。あの怒りようは、凄まじかったもの」
思い出し笑いをする妹に、相当の羞恥を晒していたのだと確信する。
「彼は、敵なの?昔のお姉さまは相当好きだったようだけど」
「敵というか。もの凄く嫌われている、という感じ」
「それも、設定?」
理解の早い妹は、すぐに私の意図を読み取った。
私は頷いた。
「彼は最後まで、私を嫌ったままでしょうね」
「最後・・・。ストーリーはどこで終わるの?」
まどかの真っ直ぐな視線に思わず、ぐっと喉を鳴らした。
(白石透が自殺したところで終わる、なんて言えない・・・)
「・・・卒業の手前かな」
「お姉さまは卒業出来なかったのよね?ストーリーでは」
記憶力までも素晴らしい妹は、ずばり痛いところを突いてくる。
「そう。だから、卒業することが一番の目的なの」
妹は腑に落ちない様子だったが、それ以上は言及してこなかった。
「天城さまは、卒業の日までお姉さまを嫌うと?」
「恐らくね。でも卒業後に別々の道を選べば問題ないでしょう。要は顔を合わせなければいいのだから」
「お姉さまは、ストーリーが終わったらどうなるの?」
私の心の底でも疑問に思っていたことを妹は口にした。
「消えてしまうの?」
「私も分からない。こればっかりはね」
困ったように笑うしかない。
「そう・・・」
まどかの眉尻が不安そうに下がった。
「でも安心して。まだまだ卒業まで時間はあるから」
(まだ何一つストーリーは変えられてないけど・・・)
一抹の不安は残るが、今悩んでも仕方がない。とにかく、少しずつ変化を起こしていくしか道はないのだ。
「天城さまは、どう回避するの?」
まどかがテーブルに両腕を乗せた。
「とりあえず、会わないようにするしかないかな。母親の邪魔が入らない限り、結構頑張って避けている方よ」
「来週のパーティーでも、なるべく関わらないようにしてね」
「そうだね。頑張る」
蓮見のパーティーも、さっと顔を出してすぐに帰るつもりでいる。厄介な出来事に巻き込まれないようにするには、それしか道はない。
「ただ、藤堂がどう出てくるか・・・」
「それも敵の一人?」
まどかが身を乗り出した。
「藤堂茜は、たいぶ昔から白石透を恨んでいる」
「藤堂財閥の娘よね?お母さま同士の仲が良いとか」
私は頷いた。
(仲が良いというかマウントを取り合うライバル的存在な気がする)
これも後で分かったことだが、今回の蓮見のパーティーを断ったという連絡も、藤堂の母から来たものだったらしい。
「他にはいますの?」
「要注意人物は、西園寺響子ね」
郡山園子のことは、黙っておいた。ただ単にクラスで小さい嫌がらせをしてくるだけで、特には大きな問題にはならない。問題の体育も、現在は、先生が私を授業に参加させまいとしている為、今のところ大きな事件は起こっていない。
西園寺響子こそ、極めて危険視すべき人物だ。前半こそ全く出てこないものの、裏では彼女が糸を引いている。そして、最終的に自らの手で白石透を消し去るという行動力も持ち合わせている。
「西園寺響子。聞いたことないわ」
まどかは顎に手を当てた。
「この地域には住んでいないご令嬢かしら」
金持ち界隈でも有名なはずだが、まだ漫画でも登場しないタイミングのせいで、現時点では情報が全くないのだろうか。藤堂のパーティーで見かけた事が、むしろ異例だったようだ。
「調べてみるわ」
妹はそう言うと、自信ありげににっこりと笑った。
その笑顔の後ろに何かが隠されていそうで、背筋がぞっとした。
「まどか、くれぐれも犯罪には手を出さないでね・・・?」
私の言葉が妹の耳にちゃんと届いたかどうかは、定かではない。