悲劇のフランス人形は屈しない
久しぶりの「記憶」が流れこんで来る。
バシャーンと何か重いものが水に落ちる音が響く。
〈誰よ、いきなり飛び込んだの!〉
〈今の白石さんじゃなかった?〉
〈危ないなー〉
〈暑いからってダメよね〉
〈マナーは守って欲しいわ〉
〈なんか、様子がおかしくね?〉
〈上がってこない・・・〉
〈これ。ヤバいんじゃねーの?〉
〈白石って泳げなかったっけ〉
〈おい、誰か・・・!〉
私は呆然とその場に立ち尽くしていた。
(…なに、今の。るーちゃんが、自らプールに飛び込んだ?いや、絶対そんなことはない。もしかして…)
「白石さん?」
伊坂に名前を呼ばれて私ははっと我に返った。
「大丈夫?私が蓮見さんにプレゼント届けるから、家の中に入ってる?」
「え、ええ。お願いするわ」
未だに痛む頭を押さえ、伊坂とは逆の方向へ足を向けた。
とりあえずクーラーの効いた涼しいところに行けば、冷静に物事が考えられるだろう。
―そう思っていたのだが。
「あら!白石さん!」
鈴の音のような声がして目の前に藤堂が立ちはだかった。
上下が分かれた白を基調としたセーラー服のような水着から、細いお腹が見え隠れしている。ゆるく三つ編みした髪には、赤いドットのリボンを付けており、本日もお洒落番長はバッチリ決め込んでいる。
「欠席するかと思ってたのに。いらしていたのね」
「ええ。でももう帰りますわ」
「あら、もう?もっと夏を楽しみましょうよ」
明るい色を使った夏仕様のメイクをした藤堂の大きな瞳が細められた瞬間、悟った。
彼女が先ほどの〈記憶〉で透をプールに落とした犯人だと。
「いえ、帰りますわ」
私がそう言うと、意外にも簡単に藤堂は道を譲った。私が数歩歩いたところで、藤堂は後ろから言った。
「そう言えば。向こうで伊坂さんが誰かに怒られてましたわよ」
「え?」
そう振り返った瞬間、誰かに腕をトンと押され、いきなり視界が揺れた。
大きな水しぶきを立ててプールに落ちる。
(…今の位置的に、取り巻きの片方か)
水中に沈んでいきながら、私は冷静に考えていた。
(やはり藤堂のやつ、前以て計画立ててたな)
生前は泳ぎも得意だったし、水が怖いということもない。
むしろ小学生の頃、息継ぎもしないで何メートルも泳げることから付いたあだ名が「マーマン」だった。男の人魚という意味とは知らず、そのあだ名で呼ばれながら何年も過ごしていた。
(誰が男だ)
心の中で昔の同級生にツッコミを入れる。
まだ空気の余裕はあるため、プールの底であぐらをかいて座る。上方を見るとのぞき込む人が集まり始めているのが分かった。
(誰か助けてくれるのか・・・?そんな訳ないか)
さっきの「記憶」では、皆ザワザワとしただけで、誰も助けに入って行く様子はなかった。
(あの後、るーちゃんはどうなったのだろう)
漫画にはないストーリーが展開されている為、この後何をしたら正解なのかが分からない。
(一応、これも一種のひずみなのだろうか)
そろそろ白石透の体的に限界が来ていることを悟った私は、浮上する用意をしようと足に力を入れた。その時、驚いたことに、誰かが水中に飛び込んで来た。
お互いの目が合い、口から空気の泡が出た。
私は大丈夫だと手を振ろうとしたが、それがパニックに陥っていると思われたのか、相手は思いっきり腕を引き、私を抱き寄せた。
そして一気に浮上していく。
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