悲劇のフランス人形は屈しない
水から顔を出すと、視界がいきなり明るくなり、暑い日差しが照りつけた。
勢いよく空気が肺に流れこみ、はあはあと息を吐く。
「おい、大丈夫か!二人とも!」
プールサイドで蓮見が大声で言った。
そこで気づいた。飛び込んで来た天城が、未だに私の体を支えていることを。
「もう、平気ですわ」
天城が私の腰から手を離したと同時に軽く泳ぐと、自力でプールサイドへ上がった。
少しも濡れたくないと思っていたのに、今や全身ぐちゃぐちゃだ。
「タオルを貸していただけない?」
泣き顔の蓮見が、うんうんと頷いた。手を出し天城をプールから引き上げてから、言った。
「二人とも、こっち来て」
水を滴らせながら、私たちは黙って蓮見の後ろをついていく。
私が通されたのは蓮見の部屋だった。
バスタオルと男性用の黒いTシャツ、そしてジーンズを手渡された。
「ごめん、これしかなくて」
「いいの。気にしないで」
濡れた状態でいるよりはマシだと、私は素直に受け取った。
乾いた服に着替え、髪の水をある程度絞りきるとふっと体の力が抜けた。
そばにあった蓮見のベッドに腰を降ろす。
意外な出来事が二つあった。
一つは、藤堂茜。彼女があからさまに白石透を虐め始めるのは、高校2年の夏頃だった。それまではずっと親友面をして、仲よさそうにしていたはずなのに。それが、まだ高校1年の夏だというのに、分かりやすく手をかけて来た。これは、ストーリーが少し変更したと見ていいのだろうか。そして二つ目は、天城。まさか、私を助けたのが天城だとは。天城は生涯白石透を嫌い続けるだろうと思っていたが、私の見込み違いか。
(…いや、違うな)
ふと止まり、考え直す。
(体育の時と同じ、世間体を気にしていた可能性がある)
まだ婚約者という立場上、大勢が見ている前で溺れている婚約者を見捨てることは出来ない。そう考えると天城の動きは、納得出来る。
(そもそも、なぜ原作にもない「記憶」が流れて来たのだろう)
自分の記憶違いでなければ、プールで溺れる白石透など覚えがない。
(忘れているだけ・・・?)
とにかく現状では、ストーリー通りに進行しているのか、変化が見られ始めているのか判断が付かない。
「やはり2年まで待つ必要があるか・・・」
コンコンとドアがノックされ、私は物思いに耽っていたところから現実に引き戻された。
「どうぞ」
遠慮がちにドアが開かれ、入って来たのは、驚いたことに天城だった。
相変わらず無表情で、何を考えているのかは分からないが、嫌悪感はまだにじみ出ていない。
しかし、それも時間の問題だ。同じ空間にいたら、すぐに睨まれること間違いなしだ。
私はすっと立ち上がり、にこやかに言った。
「今、出ますわね」
「・・・水は怖いんじゃなかったのか?」
通りすがりに天城がぼそりと言った。
「何の話かしら?」
質問の意図が分からなくて思わず聞き返す。
「水中で、何をしていた?」
(溺れていないのをやっぱり気づいていたか・・・)
「様子を見ていましたわ」
「様子を・・・?」
天城の目が大きく見開かれる。
「ええ。ただの好奇心です。お気になさらないで」
私は立ち去る手前で、再度天城の方を見た。
「必要ありませんでしたが、一応言っておきますわね。助けていただきありがとうございます」
結局、なぜ溺れていないと知っていながら私を助けたのか分からずじまいだったが、驚いた様子の天城の顔が見られたことは一つの収穫だった。
(やられっぱなしの白石透はもういない)
軽い足取りで、伊坂を探しに向かった。
勢いよく空気が肺に流れこみ、はあはあと息を吐く。
「おい、大丈夫か!二人とも!」
プールサイドで蓮見が大声で言った。
そこで気づいた。飛び込んで来た天城が、未だに私の体を支えていることを。
「もう、平気ですわ」
天城が私の腰から手を離したと同時に軽く泳ぐと、自力でプールサイドへ上がった。
少しも濡れたくないと思っていたのに、今や全身ぐちゃぐちゃだ。
「タオルを貸していただけない?」
泣き顔の蓮見が、うんうんと頷いた。手を出し天城をプールから引き上げてから、言った。
「二人とも、こっち来て」
水を滴らせながら、私たちは黙って蓮見の後ろをついていく。
私が通されたのは蓮見の部屋だった。
バスタオルと男性用の黒いTシャツ、そしてジーンズを手渡された。
「ごめん、これしかなくて」
「いいの。気にしないで」
濡れた状態でいるよりはマシだと、私は素直に受け取った。
乾いた服に着替え、髪の水をある程度絞りきるとふっと体の力が抜けた。
そばにあった蓮見のベッドに腰を降ろす。
意外な出来事が二つあった。
一つは、藤堂茜。彼女があからさまに白石透を虐め始めるのは、高校2年の夏頃だった。それまではずっと親友面をして、仲よさそうにしていたはずなのに。それが、まだ高校1年の夏だというのに、分かりやすく手をかけて来た。これは、ストーリーが少し変更したと見ていいのだろうか。そして二つ目は、天城。まさか、私を助けたのが天城だとは。天城は生涯白石透を嫌い続けるだろうと思っていたが、私の見込み違いか。
(…いや、違うな)
ふと止まり、考え直す。
(体育の時と同じ、世間体を気にしていた可能性がある)
まだ婚約者という立場上、大勢が見ている前で溺れている婚約者を見捨てることは出来ない。そう考えると天城の動きは、納得出来る。
(そもそも、なぜ原作にもない「記憶」が流れて来たのだろう)
自分の記憶違いでなければ、プールで溺れる白石透など覚えがない。
(忘れているだけ・・・?)
とにかく現状では、ストーリー通りに進行しているのか、変化が見られ始めているのか判断が付かない。
「やはり2年まで待つ必要があるか・・・」
コンコンとドアがノックされ、私は物思いに耽っていたところから現実に引き戻された。
「どうぞ」
遠慮がちにドアが開かれ、入って来たのは、驚いたことに天城だった。
相変わらず無表情で、何を考えているのかは分からないが、嫌悪感はまだにじみ出ていない。
しかし、それも時間の問題だ。同じ空間にいたら、すぐに睨まれること間違いなしだ。
私はすっと立ち上がり、にこやかに言った。
「今、出ますわね」
「・・・水は怖いんじゃなかったのか?」
通りすがりに天城がぼそりと言った。
「何の話かしら?」
質問の意図が分からなくて思わず聞き返す。
「水中で、何をしていた?」
(溺れていないのをやっぱり気づいていたか・・・)
「様子を見ていましたわ」
「様子を・・・?」
天城の目が大きく見開かれる。
「ええ。ただの好奇心です。お気になさらないで」
私は立ち去る手前で、再度天城の方を見た。
「必要ありませんでしたが、一応言っておきますわね。助けていただきありがとうございます」
結局、なぜ溺れていないと知っていながら私を助けたのか分からずじまいだったが、驚いた様子の天城の顔が見られたことは一つの収穫だった。
(やられっぱなしの白石透はもういない)
軽い足取りで、伊坂を探しに向かった。