悲劇のフランス人形は屈しない
「突き落とされた?プールに?」
まどかの瞳が驚きで大きく開かれた。
プールへ落ちた事件から数日後、リビングでまどかと向き合いながらランチを食べていた。伊坂がバイトの今日は、夏期講習の時間まで妹と二人きりだ。このタイミングをずっと狙っていた。
あのパーティーの日、伊坂は偶然にもその事件を目撃していなかった。服を着替えた私を見て驚いてはいたが、「水に濡れたから」と言ったらすんなり納得してくれた。結局、すぐにパーティーをあとにしたので、伊坂は一連の騒ぎを耳にすることがなかった。
「伊坂さんは?知らないの?
ここ数日間、一度も話題に上らなかったことを不思議に思った妹は聞いた。
「うん。余計な心配をかけたくないから話してない」
「そう。それで犯人は?」
「はっきり見た訳ではないから、推測だけど。おそらく藤堂茜。直接ではなく、後ろの取り巻きを使ったと思う。その他に人はいなかったから」
オムライスを口に運びながら私は答えた。
「大丈夫なの?」
平然としている私を訝し気に見る妹。
「お姉さま、カナヅチよね…?」
「水には強いから大丈夫。まあ確かに、今までより潜水時間は短かったけど」
(ランニングで肺活量が鍛えられていたおかげも、あるかな)
「原作でも、こういう事件が描いてあったの?」
まどかは、会話に夢中になっているせいか、食べる手が止まっている。
私は腕を組んだ。
「それが覚えていないんだよね。私が忘れているだけか、本当に本編には載っていなかったか。まあ、前者の方が有力ね」
「どうして?」
まどかの目が興味津々に見開いている
「…〈記憶〉が流れてきたから」
「記憶?」
私は一瞬迷ったが、まどかに隠し事をしても後々話すことになるだろうと、口を開いた。
「たまに、ほんとたまになんだけど、漫画の内容の一部が脳内に流れて来ることがある」
まどかは私を見つめたまま、先を話すように施す。
「これから起きる会話が入ってくるの。実際に起きる数秒前くらいにね」
「つまり、部分的な未来予知のようなもの?」
「そうそう。今回のプール事件もそうだったの。だから、心構えが出来ていてパニックを起こさなかったんだと思う」
まどかは、顎に手を当てた。
「ストーリーはその未来予知のまま進むの?」
私は水を一口飲んだ。
「大体はね。だけど、基本的に私は〈記憶〉のるーちゃんとは違う行動をする」
「そしたら、ストーリーが変わる?」
妹は瞬きせずに前のめりになる。
「少しは。ただ、引き戻されることも多いかな。別の方向からアプローチがかかって、行動せざると得なくなるとか」
「なるほど。やはり元々のストーリーの方が、強制力があるってことね」
「おそらく…」
二人の間で、しばらくの間沈黙が流れた。
既に冷め切ったオムライスを無意識に頬張る、目の前の妹を見つめる。
(設定とは言え、大人と話しているような感覚がする。この子が味方でいると本当心強い)
「お姉さま」
突然、まどかが顔を上げた。
「な、なに?」
「他に何か違和感を覚えることは?ストーリーが変わったと実感できることとか」
これこそ、まどかに相談したい内容だった。私は頷いた。
「藤堂茜の件だけど。本編では、彼女が直接白石透に手を下すのは、高校2年の夏。つまり来年の夏に手の平を返したように敵に回る。だけど、まだ高1の段階で、かなり嫌悪感を露わにしているのが、気になったというか。ちょっと早い気がする」
それから妹の方に目を向けた。
「これってストーリーに少し歪が出来たと考えていいものかな」
妹も腕を組んで考え込む。
「そうね。それだけだと何とも言えないけれど、他にも似たようなことがあれば、そう考えられるわ」
「様子を見る必要があるか。少しでもストーリーが変わったという確信が欲しいけど」
(でもまだ高1の夏だ。まだ時間はある)
私たちは話を終えると、それぞれの面持ちのままリビングを後にした。
まどかの瞳が驚きで大きく開かれた。
プールへ落ちた事件から数日後、リビングでまどかと向き合いながらランチを食べていた。伊坂がバイトの今日は、夏期講習の時間まで妹と二人きりだ。このタイミングをずっと狙っていた。
あのパーティーの日、伊坂は偶然にもその事件を目撃していなかった。服を着替えた私を見て驚いてはいたが、「水に濡れたから」と言ったらすんなり納得してくれた。結局、すぐにパーティーをあとにしたので、伊坂は一連の騒ぎを耳にすることがなかった。
「伊坂さんは?知らないの?
ここ数日間、一度も話題に上らなかったことを不思議に思った妹は聞いた。
「うん。余計な心配をかけたくないから話してない」
「そう。それで犯人は?」
「はっきり見た訳ではないから、推測だけど。おそらく藤堂茜。直接ではなく、後ろの取り巻きを使ったと思う。その他に人はいなかったから」
オムライスを口に運びながら私は答えた。
「大丈夫なの?」
平然としている私を訝し気に見る妹。
「お姉さま、カナヅチよね…?」
「水には強いから大丈夫。まあ確かに、今までより潜水時間は短かったけど」
(ランニングで肺活量が鍛えられていたおかげも、あるかな)
「原作でも、こういう事件が描いてあったの?」
まどかは、会話に夢中になっているせいか、食べる手が止まっている。
私は腕を組んだ。
「それが覚えていないんだよね。私が忘れているだけか、本当に本編には載っていなかったか。まあ、前者の方が有力ね」
「どうして?」
まどかの目が興味津々に見開いている
「…〈記憶〉が流れてきたから」
「記憶?」
私は一瞬迷ったが、まどかに隠し事をしても後々話すことになるだろうと、口を開いた。
「たまに、ほんとたまになんだけど、漫画の内容の一部が脳内に流れて来ることがある」
まどかは私を見つめたまま、先を話すように施す。
「これから起きる会話が入ってくるの。実際に起きる数秒前くらいにね」
「つまり、部分的な未来予知のようなもの?」
「そうそう。今回のプール事件もそうだったの。だから、心構えが出来ていてパニックを起こさなかったんだと思う」
まどかは、顎に手を当てた。
「ストーリーはその未来予知のまま進むの?」
私は水を一口飲んだ。
「大体はね。だけど、基本的に私は〈記憶〉のるーちゃんとは違う行動をする」
「そしたら、ストーリーが変わる?」
妹は瞬きせずに前のめりになる。
「少しは。ただ、引き戻されることも多いかな。別の方向からアプローチがかかって、行動せざると得なくなるとか」
「なるほど。やはり元々のストーリーの方が、強制力があるってことね」
「おそらく…」
二人の間で、しばらくの間沈黙が流れた。
既に冷め切ったオムライスを無意識に頬張る、目の前の妹を見つめる。
(設定とは言え、大人と話しているような感覚がする。この子が味方でいると本当心強い)
「お姉さま」
突然、まどかが顔を上げた。
「な、なに?」
「他に何か違和感を覚えることは?ストーリーが変わったと実感できることとか」
これこそ、まどかに相談したい内容だった。私は頷いた。
「藤堂茜の件だけど。本編では、彼女が直接白石透に手を下すのは、高校2年の夏。つまり来年の夏に手の平を返したように敵に回る。だけど、まだ高1の段階で、かなり嫌悪感を露わにしているのが、気になったというか。ちょっと早い気がする」
それから妹の方に目を向けた。
「これってストーリーに少し歪が出来たと考えていいものかな」
妹も腕を組んで考え込む。
「そうね。それだけだと何とも言えないけれど、他にも似たようなことがあれば、そう考えられるわ」
「様子を見る必要があるか。少しでもストーリーが変わったという確信が欲しいけど」
(でもまだ高1の夏だ。まだ時間はある)
私たちは話を終えると、それぞれの面持ちのままリビングを後にした。