悲劇のフランス人形は屈しない
猛暑となった今年の夏は、家に引き込もり、ひたすら勉学と筋トレに励んだ。夏休み中盤からは、家族と海外旅行に行くクラスメートが多く、いくつかパーティーのお誘いはあっても、キャンセルになることが多々あった。願ったり叶ったりという好都合の中、あっという間に夏休みは過ぎて行った。
白石家も、嬉しいことに父親も母親もパリから戻ってくる気配はなかった。まどかによると、パリからローマへ、そしてそこからスペインやポルトガルへ飛び回っているらしい。夫婦水入らずの旅行を楽しんでいるのか、別行動をしているのかは定かではないが、二人ともしばらく帰宅しないということに心の底からほっとしていた。
それは私だけでなく、妹も同様に感じていたらしい。最近のまどかは表情がかなり明るくなっている。両親が帰宅するだろう8月には、一瞬緊張したようだったが、しばらく帰国しないという連絡が来ると、飛び跳ねるように私の部屋に侵入してきた。
腕立て伏せをしていた私は慌てたが、筋トレをしている私を目撃することが日常茶飯事になっているまどかは、全く驚いた様子も見せなくなっていた。
まどかは横に寝ころびながら、母親が送りつけてくる写真を私に見せる。
「楽しんでいるみたい」
「お母さん、インスタやってるんだ」
エッフェル塔が見えるバルコニーで朝食を取っている姿や、白ワインとローマの夜景をアップしている様子は、どう見ても豪奢な生活を送っているというマウントを取っているようにしか見えない。
「ママ友がインスタをやっているから、見せびらかしたいのよ」
冷めた様子のまどかは、最近さらに両親に対する態度が変わっているように思える。
まどか曰く、初等部に入った頃から母親の学力への執着に辟易していたと言っている。しかし、母親への嫌悪感は自分のせいであるかもしれない、と思うこともある。家族の仲を壊したい訳ではないのだが、なんとも難しいところだ。
「明日から学校が始まるけど、大丈夫…?」
手に顎を乗せて言うまどかの瞳が曇った。プール突き落としの一件を心配しているのが見て取れた。
「大丈夫。前期はやられっぱなしだったけど、後期からは目にものを見せてくれるわ」
私はにやりと笑った。
「何かあったら言ってね。何かの役に立つと思うわ。テストとか」
まどかも私に合わせてにやりと笑う。
ハッキングのことを言っていると思った私はすぐさま「大丈夫」と答えていた。
お願いだから、危ない橋は渡らないで、と懇願したが妹に響いているかは不明だった。
そして、後期が始まった。

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