悲劇のフランス人形は屈しない

婚約解消

ある日の放課後、校内放送で私は旧生徒会室に呼び出された。
もちろん、初等部の頃から付き合いのある生徒たちは、天城と白石が婚約者だという事を知っている。その為、生徒会室の外では何が始めるのかと野次馬が集まって来ていた。
話を聞くに、現在使用されている生徒会室とは別らしい。旧生徒会室は、普段使う教室から離れているため、天城たちがよくいる場所として有名だった。
私は多くの学生に興味津々に眺められながら、生徒会室の扉を開けた。
生徒会室は、自分が知っている生徒会室とはかなりかけ離れていた。真ん中の長テーブルを囲うように革張りの黒いソファーが両脇に置いてあり、その奥には、一人用のソファーもあった。仕切りを外して繋げた隣の部屋には、卓球台やダーツがあり、もはやただの遊び場となっている。
目の前の一人掛けソファーには天城が無表情で座っており、その右隣には面白がっている様子の蓮見、そして左側には眠たそうな五十嵐が座っていた。いつものメンバーだけだと思われたが、天城の後ろには、背筋を伸ばし姿勢を正した女子生徒が立っていた。
(…西園寺響子。なぜ、ここに)
そう思いながら、後ろ手で生徒会室のドアを閉めた。
「どんなご用かしら?」
西園寺から目を離し、天城をまっすぐ見据えた。
彼の口からどんな言葉が飛び出すか想像は出来ているが、とりあえず様子を見る。
「噂を聞いた」
(…噂?)
「学年3位だったな、今回の結果は」
「ええ。それが?」
学年ビリが突然トップ3に入ったという話題は、瞬くままに学校中に広がった。しかし、先生たちも私が不正をしていないことを知っていたし、それに関して何か言われることはなかった。しかし、それを妬んだ一部の女子生徒が噂を広め、それに尾ひれがついてもはや原型が分からくなっている噂も耳に入っていた。
(相手にするだけ無駄だと思っていたから、無視していたが…)
「妙じゃないか?数か月勉強しただけでいきなり…」
「私が何か不正をしたと?」
天城の言葉を遮って私は聞いた。
全員の視線が私に鋭く突き刺さる。ここにも、ドアを介した部屋の外にも、私を弁護してくれる人など一人もいない。胃がずしんと重くなり、喉まで塊が込み上げて来た。
(でも)
私は思った。
(ずっとるーちゃんはこうやって、味方がいない世界で生きていた)
「俺は…」
天城が何か言いかけたが、凛とした声がそれを遮った。
「白石さん、いい加減に正直に言ったらどうです?みなさんもお気づきなのよ」
痺れを切らしたように、西園寺が口を開いた。
「貴女が、今回もまたお金を使って不正行為を行ったことを」
(今回も…?)
「そう噂になってるけど。本当なの?」
純粋に興味がある風を装っている蓮見が、丸い目で私を見つめた。
(何なの、この公開処刑みたいな状態)
思わず呆れてため息が出てしまう。
「どのように考えて下さっても結構です。私が何を言ったところで信じてもらえると思えませんから」
(信じてもらいたいとも特に思わないし)
「他に用がないのであれば、これで失礼しますが」
私が踵を返そうとすると、西園寺が「待ちなさい」と声をかけた。
「まだ何か?」
「否定しないという事は、事実と受け取っていいということですわね?」
「お好きなように、と言いましたが?」
白石透がその場で泣き崩れるかと予想していた西園寺は、この展開に焦っているようだった。西園寺の普段は美しい顔が、醜く歪んだ。
その時天城が立ち上がった。
「白石透」
天城は鋭い視線で私を睨みつけている。
「俺は、お前との婚約を解消する」
扉を介して聞き耳を立てていた、外の声がざわめいた。
部屋の中にいる4人全員の視線が刺さる。生徒会室の窓からも、見られているのを感じた。
私は拳をぎゅっと握る。
(ごめん、るーちゃん。貴女の好きな人との婚約解消は免れないみたい…)
そして立っている天城に真っ直ぐ視線を向け、にっこりと笑った。
(でも、私はこれで良かったと思う)
「ええ。そうしましょう」
そう言うと、私は軽くお辞儀をして生徒会室を後にした。
(るーちゃん、こんな人に貴女は勿体ないわ)
その場に残された4人はしばらくの間、誰も口を開かなかった。
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