悲劇のフランス人形は屈しない
すぐに母親から怒号のような連絡が来るかと思われたが、数日経っても音沙汰なしだった。妹によると、インスタは更新されているようなので、学校での話題はまだそこまで広がっていないということだ。なぜ両親に伝えていないのか、天城の真意は見えないが、名前だけの婚約者という肩書が外れただけでも心が軽かった。
試験の不正行為の噂も、いつの間にか婚約解消事件によって、塗り替えられた。廊下を歩くたびに生徒に振り向かれ、囁かれることも多かったが、天城がフリーになったと意気込む女子生徒も増えたように思える。
「白石さんは辛くないの?」
私の周りに飛び交う噂が後を絶たないため、一緒にいる伊坂は不安そうだ。
「だいぶ賑やかよね」
まるで他人事のように言う私とは対照的に、伊坂は悲しそうに目を伏せた。
「婚約解消の話だって、私今日知ったし。辛い時に一緒に居てあげられなくてごめんね」
バイトがあったため、早めに学校を出た伊坂は、一連の事件を知らないでいた。しかし、あまりに囁き声が溢れかえっているので、知らずにいる訳にはいかなかった。
「伊坂さんという心強い味方もいるし、私は平気」
本心で言ったのに伊坂には強がりと写ったのか、今にも泣きそうな顔をして私の手を握った。
「辛かったらいつでも言ってね!私じゃ頼りないかもしれないけど、頑張るから!」
「ありがとう」
純粋に嬉しくて笑みがこぼれた。
その時、チャイムが鳴り本日最後のHRの時間となった。
「10月の体育祭に向けて、担当の競技を決めて欲しい」
先生が黒板に何やらスポーツの種目を書き出していく。
「学級委員は郡山だったな。皆の意見を集めて、今日中に提出するように」
声をかけられた郡山は、背筋を伸ばし教卓の前に立った。
「では、これから種目決めをしたいと思います」
その時、先生が私の元に来て言った。
「白石は、話があるから職員室へ」
「はい」
この時、一瞬だが郡山と目が合った。
嫌な予感を抱えたまま、私は先生の後ろに続いて教室を出た。
「前回の試験の結果だが」
先生が言い出しにくそうにしている様子を見て、不正行為をしたあの噂話だと悟った。
「他の先生方は、私の実力だと言って下さいましたが」
いつものように進路指導室で向かい合って座る。
「何か証拠が必要ですか?」
「いや」
担任ははあとため息を吐いた。
「お前のことは信じている。まじめに授業を受けている様子も見ているしな。ただ…」
「なんでしょう?」
田中は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「生徒の親からもクレームの嵐で、さっき職員会議で決定したことなんだ。悪いんだが、もう一度テストを受けてくれないか?」
思わず言葉を失った。
教師たちは、味方はしないまでも、中立の立場でいてくれると思っていたのに。
(やはりこの世界で味方を作るのは難しいか)
私は顔を上げた。
「分かりました。それで皆さんが満足されるのであれば」
「助かるよ。教科は主要5科目だけでいい。今からお願いできるか?」
今からなんて無謀にもほどがある。試験だって、準備期間があるというのに。
それほどまでに、白石透の学力向上は認められないのか。
「はい」
それ以外の返事は期待されていないと踏んだ私は素直に頷いた。
結局、夕方の7時近くまで私は一人進路指導室に残され、新しく作り直したであろう試験問題を黙々と解いていた。ありがたいことに、前回のテストの応用編ばかりが出たので、そこまで気を張る必要はなかった。
四方に監視カメラも配置されており、不正を行っていないかどうか監視されているのにも気づいていた。
「うん。ほぼ満点だ」
採点を行う為に、先生たちもまた残っていたらしい。試験が終了して数十分もしない内に、採点された解答が返された。
担任は満足げに結果を見ながらうんうんと頷いた。
「たいぶ夏休みの間に成長したんだな」
「ええ」
「進路は決めたのか?この調子ならどんな大学も行けるぞ」
先生は椅子に座り直し、真剣な表情で言った。
「今から準備すれば、法学部や医学部も…」
「進路は未定です。決まりましたらお伝えしますわ」
それからすっと立ち上がった。
「もう失礼してもよろしいですか?迎えを待たせていますので」
平松は今どうしているだろう。既に帰っているかもしれないが、とりあえず本格的な進路指導が始まる前にここを退散したかった。
若干呆気に取られた様子で、田中は「ああ」と頷いた。
ドアに手をかけた時、背後で先生が言った。
「今回の体育祭は、白石も参加でいいのか?」
「ええ。参加しますわ」
質問の意図が分からなかったが、とりあえず肯定しておく。
「そうか。じゃあ、気をつけてな」
先生の元に提出された、出場メンバーの中に、白石透の名前が何度も登場しているとは、この時の私は知りもしなかった。
試験の不正行為の噂も、いつの間にか婚約解消事件によって、塗り替えられた。廊下を歩くたびに生徒に振り向かれ、囁かれることも多かったが、天城がフリーになったと意気込む女子生徒も増えたように思える。
「白石さんは辛くないの?」
私の周りに飛び交う噂が後を絶たないため、一緒にいる伊坂は不安そうだ。
「だいぶ賑やかよね」
まるで他人事のように言う私とは対照的に、伊坂は悲しそうに目を伏せた。
「婚約解消の話だって、私今日知ったし。辛い時に一緒に居てあげられなくてごめんね」
バイトがあったため、早めに学校を出た伊坂は、一連の事件を知らないでいた。しかし、あまりに囁き声が溢れかえっているので、知らずにいる訳にはいかなかった。
「伊坂さんという心強い味方もいるし、私は平気」
本心で言ったのに伊坂には強がりと写ったのか、今にも泣きそうな顔をして私の手を握った。
「辛かったらいつでも言ってね!私じゃ頼りないかもしれないけど、頑張るから!」
「ありがとう」
純粋に嬉しくて笑みがこぼれた。
その時、チャイムが鳴り本日最後のHRの時間となった。
「10月の体育祭に向けて、担当の競技を決めて欲しい」
先生が黒板に何やらスポーツの種目を書き出していく。
「学級委員は郡山だったな。皆の意見を集めて、今日中に提出するように」
声をかけられた郡山は、背筋を伸ばし教卓の前に立った。
「では、これから種目決めをしたいと思います」
その時、先生が私の元に来て言った。
「白石は、話があるから職員室へ」
「はい」
この時、一瞬だが郡山と目が合った。
嫌な予感を抱えたまま、私は先生の後ろに続いて教室を出た。
「前回の試験の結果だが」
先生が言い出しにくそうにしている様子を見て、不正行為をしたあの噂話だと悟った。
「他の先生方は、私の実力だと言って下さいましたが」
いつものように進路指導室で向かい合って座る。
「何か証拠が必要ですか?」
「いや」
担任ははあとため息を吐いた。
「お前のことは信じている。まじめに授業を受けている様子も見ているしな。ただ…」
「なんでしょう?」
田中は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「生徒の親からもクレームの嵐で、さっき職員会議で決定したことなんだ。悪いんだが、もう一度テストを受けてくれないか?」
思わず言葉を失った。
教師たちは、味方はしないまでも、中立の立場でいてくれると思っていたのに。
(やはりこの世界で味方を作るのは難しいか)
私は顔を上げた。
「分かりました。それで皆さんが満足されるのであれば」
「助かるよ。教科は主要5科目だけでいい。今からお願いできるか?」
今からなんて無謀にもほどがある。試験だって、準備期間があるというのに。
それほどまでに、白石透の学力向上は認められないのか。
「はい」
それ以外の返事は期待されていないと踏んだ私は素直に頷いた。
結局、夕方の7時近くまで私は一人進路指導室に残され、新しく作り直したであろう試験問題を黙々と解いていた。ありがたいことに、前回のテストの応用編ばかりが出たので、そこまで気を張る必要はなかった。
四方に監視カメラも配置されており、不正を行っていないかどうか監視されているのにも気づいていた。
「うん。ほぼ満点だ」
採点を行う為に、先生たちもまた残っていたらしい。試験が終了して数十分もしない内に、採点された解答が返された。
担任は満足げに結果を見ながらうんうんと頷いた。
「たいぶ夏休みの間に成長したんだな」
「ええ」
「進路は決めたのか?この調子ならどんな大学も行けるぞ」
先生は椅子に座り直し、真剣な表情で言った。
「今から準備すれば、法学部や医学部も…」
「進路は未定です。決まりましたらお伝えしますわ」
それからすっと立ち上がった。
「もう失礼してもよろしいですか?迎えを待たせていますので」
平松は今どうしているだろう。既に帰っているかもしれないが、とりあえず本格的な進路指導が始まる前にここを退散したかった。
若干呆気に取られた様子で、田中は「ああ」と頷いた。
ドアに手をかけた時、背後で先生が言った。
「今回の体育祭は、白石も参加でいいのか?」
「ええ。参加しますわ」
質問の意図が分からなかったが、とりあえず肯定しておく。
「そうか。じゃあ、気をつけてな」
先生の元に提出された、出場メンバーの中に、白石透の名前が何度も登場しているとは、この時の私は知りもしなかった。