悲劇のフランス人形は屈しない
どこから漏れたのかは不明だが、いつの間にか妹の耳にも婚約破棄の話題が届いていた。
しかし、妹の反応は平松とは打って変わったものだった。
「お姉さま!おめでとうございます!」
相変わらず妹は、私が寝ているベッドにダイブをして、体当たりで起こすという奇妙な方法をかましてくる。突然のタックル攻撃に、私は毎度ながら「あと10分」が繰り出せない。
「なに…」
まだ状況が把握できていない半覚醒状態の私は、妹が何を言っているのか分からなかった。
「とうとう、天城さまと婚約破棄されたのね!」
うつ伏せになり、手に顎を乗せて私をキラキラした瞳で私を見ている。
一気に覚醒した私は慌てて聞いた。
「なんで知ってるの?もしかして、平松?」
(母親には黙っていてくれると言っていたが。…まさか裏切ったのか?)
頭の中がもの凄い勢いで回転する。
もしそうなら、すぐにでも母親から電話がかかってきてもおかしくはない。
「あら、平松も知っているの?」
きょとんとした表情でまどかが聞いた。
「え?じゃあ、誰から…」
「もちろん、生徒たちが噂しているのを聞いたのよ」
妹が言っている意味が分からない。
平松を一瞬でも責めた私は、彼に心の中で謝罪する。
「ごめん、言っている意味が。え、もしかして…」
一つだけ思い当たる節があった。
「もしかして、学校内の監視カメラをハッキングしたとか、じゃないよね?」
私の思い違いであってくれと願ったが、それも空しく妹はふふと笑った。
「それ以外に手があって?初等部生は、高校の内部に入れないもの」
「いやいや。危険なことはしないでって言ってるのに!」
「大丈夫よ。誰も気づいていないわ」
全く悪びれた様子を見せない妹は、既に悪役の顔をしている。
「お姉さまの帰宅が遅かった日があったじゃない?あの日、心配になって学校のサーバーをついついハッキングしちゃったの」
「ハッキングは、ついついするものではありません!」
私の言葉を無視して妹は続ける。
「そしたら、お姉さまが一人で試験を受けている様子が写っていて、憤慨したわ。それから色々調べて行く内に…」
「あの噂にも行きついた、と」
「ええ。ほぼ全校生徒が話していたもの。あ、言っておくと、監視カメラの映像では音声は聞こえないの。どこかの女子が、お姉さまの前で大胆に話せないからって、メッセージに打ち込んだ文字を読んだのよ」
「読んだのよ、じゃない…」
私は呆れて言うが、妹の耳には入っていかない。
「お姉さまの次を狙っているお嬢さまたちも沢山いるわ。天城さまは今やライオンたちに目を付けられるジャッカル的存在ね」
容赦なく素を出し始めたまどかは、辛口が様になっている気がする。
「でもさ。あれだけ騒ぎになっているのに、母親の耳には届いていないのは不思議だよね?」
私は首を傾げた。
「あら。それなら、全校生徒に口止めした方がいるの」
妹はさらりと言った。
「え、誰?」
「西園寺響子よ。彼女が口外禁止にしたみたい。もちろん、掲示板に書き込むこともね。西園寺家は結構力のある財閥のようだし、口外したら自分たちの家庭にも非が及ぶからと、今のところ全員が黙っているわ。でも、どれくらい持つかしらね。火のないところに煙はたたぬと言うし」
妹の言うことも一理ある。母親の耳に届くのも時間の問題だ。
「しかし、なぜ西園寺が口止めを・・・?」
また謎が謎を呼んだ。
「ねえ、お姉さま。彼女は天城さまと何か関係があるの?」
まるで頭の中を読んだのかのように妹が私を見つめた。
「監視カメラを見ていたら、天城さまたちとよく一緒にいるみたいなの。あれはただならぬ雰囲気だったわよ。ただのクラスメート以上というか」
「西園寺は、最終的に天城と婚約する」
「あら」
そこまで驚いた様子を見せないまどかは、なるほどと頷いた。
「つまり、るーちゃんは西園寺響子に婚約者を奪われるのね」
妹の口から「るーちゃん」という言葉が飛び出したのは、驚きだった。
「ただ、その辺は詳しく描いてなかったから、どういう経緯でそうなったのかは・・・」
「あくまで、るーちゃんが主人公だから、脇役の背景はよく分からないということね」
まどかが私のセリフを受け継き、私は頷いた。
「西園寺がるーちゃんを虐めていた理由は、天城が好きだったから。それだけだった気がする」
「そう考えると、今回の口止めも何となく理由が分かるわね」
「え?」
「西園寺響子としては、早く天城さまと別れてほしかったのよね。だから、皆に知れ渡るように校内放送までして、お姉さまを呼び寄せた。それにも関わらず、他言しないように伝えたのは、白石家と天城家、双方の親の耳にまだ入れたくないから。彼らは当事者の言葉を覆す力を持っているもの」
「なるほど…」
母親の耳に入るのはもう少し先になると思うと、安心した。
「それに」
妹は続けた。
「実は、白石家と天城家だと、ほんの少しだけ白石家の方が強いの。だから、こちら側としては問題なくても、天城家が無理やり婚約を押し付けてくれることも考えられるわ。そうなったら…」
「さらに天城と西園寺に睨まれる」
面倒なことは避けたい。ただでさえ、解決しなくてはいけない事が多いのだ。どうでもいい婚約者問題はなるべく放っておきたかった。
「前途多難ね」
頭を抱えている私を見て、妹が冷静に言った。
「こんな時に悪いのだけど。私、お姉さまに聞きたいことがあるの」
まどかが、私の腕に手をかけた。
「どうしたの?」
何か、他に問題でもあるのかと身構える。
真剣なまなざしのまどかが、口を開いた。
「くろっくむっしゅ、作れる?」
「へ?」
「学校の子が、それを食べて美味しかったって自慢しているの!それで、それくらいなら私のお姉さまも余裕で作れるわって豪語してしまって」
気まずそうに手をもじもじさせながら言う妹が何とも可愛らしい。
「まあ、作れるけど」
「本当?じゃあ、お昼に作ってちょうだい!」
ベッドの上で、嬉しそうに膝立ちで飛び跳ねている。
私はちらりと時計を見た。
早朝のランニングから帰って来て、既に数時間は寝ていたようだ。こっそり出かけているとは言え、妹が私の部屋に侵入してくるのは決まってお昼頃。つまり、静かに帰宅しているというのに、お昼まで二度寝していることがばれているという事になる。
お昼の12時を打つ鐘が鳴り、私は大きく伸びをした。
「よし。今から作るか」
「私も手伝うわ!」
重い話から一転して、クロックムッシュ作り開始となった。
しかし、妹の反応は平松とは打って変わったものだった。
「お姉さま!おめでとうございます!」
相変わらず妹は、私が寝ているベッドにダイブをして、体当たりで起こすという奇妙な方法をかましてくる。突然のタックル攻撃に、私は毎度ながら「あと10分」が繰り出せない。
「なに…」
まだ状況が把握できていない半覚醒状態の私は、妹が何を言っているのか分からなかった。
「とうとう、天城さまと婚約破棄されたのね!」
うつ伏せになり、手に顎を乗せて私をキラキラした瞳で私を見ている。
一気に覚醒した私は慌てて聞いた。
「なんで知ってるの?もしかして、平松?」
(母親には黙っていてくれると言っていたが。…まさか裏切ったのか?)
頭の中がもの凄い勢いで回転する。
もしそうなら、すぐにでも母親から電話がかかってきてもおかしくはない。
「あら、平松も知っているの?」
きょとんとした表情でまどかが聞いた。
「え?じゃあ、誰から…」
「もちろん、生徒たちが噂しているのを聞いたのよ」
妹が言っている意味が分からない。
平松を一瞬でも責めた私は、彼に心の中で謝罪する。
「ごめん、言っている意味が。え、もしかして…」
一つだけ思い当たる節があった。
「もしかして、学校内の監視カメラをハッキングしたとか、じゃないよね?」
私の思い違いであってくれと願ったが、それも空しく妹はふふと笑った。
「それ以外に手があって?初等部生は、高校の内部に入れないもの」
「いやいや。危険なことはしないでって言ってるのに!」
「大丈夫よ。誰も気づいていないわ」
全く悪びれた様子を見せない妹は、既に悪役の顔をしている。
「お姉さまの帰宅が遅かった日があったじゃない?あの日、心配になって学校のサーバーをついついハッキングしちゃったの」
「ハッキングは、ついついするものではありません!」
私の言葉を無視して妹は続ける。
「そしたら、お姉さまが一人で試験を受けている様子が写っていて、憤慨したわ。それから色々調べて行く内に…」
「あの噂にも行きついた、と」
「ええ。ほぼ全校生徒が話していたもの。あ、言っておくと、監視カメラの映像では音声は聞こえないの。どこかの女子が、お姉さまの前で大胆に話せないからって、メッセージに打ち込んだ文字を読んだのよ」
「読んだのよ、じゃない…」
私は呆れて言うが、妹の耳には入っていかない。
「お姉さまの次を狙っているお嬢さまたちも沢山いるわ。天城さまは今やライオンたちに目を付けられるジャッカル的存在ね」
容赦なく素を出し始めたまどかは、辛口が様になっている気がする。
「でもさ。あれだけ騒ぎになっているのに、母親の耳には届いていないのは不思議だよね?」
私は首を傾げた。
「あら。それなら、全校生徒に口止めした方がいるの」
妹はさらりと言った。
「え、誰?」
「西園寺響子よ。彼女が口外禁止にしたみたい。もちろん、掲示板に書き込むこともね。西園寺家は結構力のある財閥のようだし、口外したら自分たちの家庭にも非が及ぶからと、今のところ全員が黙っているわ。でも、どれくらい持つかしらね。火のないところに煙はたたぬと言うし」
妹の言うことも一理ある。母親の耳に届くのも時間の問題だ。
「しかし、なぜ西園寺が口止めを・・・?」
また謎が謎を呼んだ。
「ねえ、お姉さま。彼女は天城さまと何か関係があるの?」
まるで頭の中を読んだのかのように妹が私を見つめた。
「監視カメラを見ていたら、天城さまたちとよく一緒にいるみたいなの。あれはただならぬ雰囲気だったわよ。ただのクラスメート以上というか」
「西園寺は、最終的に天城と婚約する」
「あら」
そこまで驚いた様子を見せないまどかは、なるほどと頷いた。
「つまり、るーちゃんは西園寺響子に婚約者を奪われるのね」
妹の口から「るーちゃん」という言葉が飛び出したのは、驚きだった。
「ただ、その辺は詳しく描いてなかったから、どういう経緯でそうなったのかは・・・」
「あくまで、るーちゃんが主人公だから、脇役の背景はよく分からないということね」
まどかが私のセリフを受け継き、私は頷いた。
「西園寺がるーちゃんを虐めていた理由は、天城が好きだったから。それだけだった気がする」
「そう考えると、今回の口止めも何となく理由が分かるわね」
「え?」
「西園寺響子としては、早く天城さまと別れてほしかったのよね。だから、皆に知れ渡るように校内放送までして、お姉さまを呼び寄せた。それにも関わらず、他言しないように伝えたのは、白石家と天城家、双方の親の耳にまだ入れたくないから。彼らは当事者の言葉を覆す力を持っているもの」
「なるほど…」
母親の耳に入るのはもう少し先になると思うと、安心した。
「それに」
妹は続けた。
「実は、白石家と天城家だと、ほんの少しだけ白石家の方が強いの。だから、こちら側としては問題なくても、天城家が無理やり婚約を押し付けてくれることも考えられるわ。そうなったら…」
「さらに天城と西園寺に睨まれる」
面倒なことは避けたい。ただでさえ、解決しなくてはいけない事が多いのだ。どうでもいい婚約者問題はなるべく放っておきたかった。
「前途多難ね」
頭を抱えている私を見て、妹が冷静に言った。
「こんな時に悪いのだけど。私、お姉さまに聞きたいことがあるの」
まどかが、私の腕に手をかけた。
「どうしたの?」
何か、他に問題でもあるのかと身構える。
真剣なまなざしのまどかが、口を開いた。
「くろっくむっしゅ、作れる?」
「へ?」
「学校の子が、それを食べて美味しかったって自慢しているの!それで、それくらいなら私のお姉さまも余裕で作れるわって豪語してしまって」
気まずそうに手をもじもじさせながら言う妹が何とも可愛らしい。
「まあ、作れるけど」
「本当?じゃあ、お昼に作ってちょうだい!」
ベッドの上で、嬉しそうに膝立ちで飛び跳ねている。
私はちらりと時計を見た。
早朝のランニングから帰って来て、既に数時間は寝ていたようだ。こっそり出かけているとは言え、妹が私の部屋に侵入してくるのは決まってお昼頃。つまり、静かに帰宅しているというのに、お昼まで二度寝していることがばれているという事になる。
お昼の12時を打つ鐘が鳴り、私は大きく伸びをした。
「よし。今から作るか」
「私も手伝うわ!」
重い話から一転して、クロックムッシュ作り開始となった。