悲劇のフランス人形は屈しない
「あれ、ちょっと出場回数減った?」
電光掲示板を見ながら、私は呟いた。
体育祭委員会の開会式の言葉が終わり、生徒はそれぞれお競技が行われる場所へと移動する。道中にあった掲示板の自分の名前が書かれているスケジュールを確認すると、以前言われた種目よりいくらか減っていた。先生が郡山に物申したのだろうか。
「これからドッチボール、パン食い競争からのバスケ。午後は、綱引きと最後にリレーか」
少人数で、尚且つ注目される種目に参加させることで、大勢の前で恥をかかせようという魂胆が見え隠れしている。こちらとしては、借り物競争や二人三脚など、誰かのサポートを要する競技には名前は入っていなかったのが、せめてもの救いだった。
「午前中は体育館で、午後がグラウンドだね」
後ろから伊坂が声を掛けた。
夏の厳しい暑さが抜け、秋らしい乾いた風が吹いている今日なら、白石透の体であっても一日中運動しても倒れないだろう。
「もし辛かったら、言ってね。私が代わるから」
そう言った伊坂は、どこか緊張している。
「伊坂さんは何に参加するの?」
体育館に向かいながら私は聞いた。
「私はね、綱引きと借り物競争。午前中の出番は全くないから応援に徹するね」
「借り物競争は何時から?私も見に行くわ」
そうこう話している内に、既に熱気で包まれている体育館に到着した。コートの全面を半分に分け、ドッチボールの試合が同時に開始される。トーナメント戦になっており、A組からD組までがそれぞれ競い合い、最後まで残った組みが優勝となる。
コートの半分をA組対B組、そしてもう半分をC組対D組と分けられた。
私は外野を任された。
「あら、白石さん」
内野に入っていた郡山が薄笑いを浮かべて近づいてきた。
「ドッチボールは苦手でしょうけど、足を引っ張らないようにお願いね」
私は笑顔を作った。
「ええ。精一杯頑張らせて頂くわ」
そして、試合が開始した。
力は同格のように思えたが、郡山が少し上手のようでD組の人数がどんどん減っている。しばらくは暇だった。外野にボールが回されずに、内野同士の戦いが進んでいく。しかし敵の内野の数が減ってくるとボールを取るより逃げるという手法を取って来たため、やっと試合後半になって私の方にもボールが来るようになった。
「パス!」
私がボールを手にしたのを見た郡山が叫んだ。既に内野には2人ほどしか残っていない。
しかし敵は3人いるため、郡山はどこか焦っているようにも見える。私は思いっきり郡山に向かってボールを投げた。バチンと大きな音がして、郡山の腕に当たった。
「あら。ごめんあそばせ」
「味方を攻撃してどうすんのよ!」
味方が拾ったボールを受け取りながら郡山が叫んだ。
「あれくらいの球、取れると思いましたの。次からは優しく投げるわ」
郡山が凄い形相で睨みつけて来る。
しかし、私に気を取られすぎているせいか、ボールが中々敵に当たらない。
「そろそろ、外野の人たちも中に入って」
審判をしている先生がそう声をかけたとの当時に、郡山にボールが当たった。
「郡山さん、外野に出て。残っているのは、白石さんだけ?」
私は一人内野に入る。
D組にはまだ3人残っている。
ボールが渡され、試合開始となった。郡山が虎視眈々と先ほど私がやったように、私を攻撃しようと狙っているのが分かる。
「身内で攻撃し合ってどうすんの!」
郡山が強く投げたボールを、バレーボールのように一旦上にレシーブし、受け取る。
その様子を何度か目撃した先生が痺れを切らして突っ込んだ。
「早く白石を潰してよ!」
郡山が敵のチームに向かって叫んだ。
(もはや対抗戦のことは頭にないか)
私は呆れながら敵から来たボールを受け止め、素早く、そして少し優しめに投げた。
パコンッ!と軽い音が響いて最後の一人に当たり、試合終了となった。
その時、殺気を感じ、すぐさま振り向いた。
バチンと言う大きな音が響いた。
「あら、危ないじゃない」
私の手中には、郡山が投げたボールが綺麗に収まっていた。私は、目から火が出そうなほど怒り狂っている郡山に視線を移した。
「勝ったというのに浮かない顔ね」
「まだもう一試合あるわ!」
もはや勝負の主旨が変わってきている気がするが、気にせずコートを移動した。
二試合目もまた、同じようなことの繰り返しだった。
内野にいる郡山はガンガンに敵を攻めて行く姿勢を見せるが、私が内野に入った途端、いきなり敵チームの味方になる。
「ちょっと何やっているの!顔を狙いなさいよ!」
もはや反則を犯してでも私を叩きのめしたいらしい。
「だいぶ荒ぶってるね」
私が敵チームの最後の一人を落とし、C組が優勝した。
しかし郡山は喜ぶ様子を全く見せず、むしろ私への憎しみが増したようにしか見えない。
「今日はまだ始まったばかりよ。今に見てなさい」
すれ違いざまに郡山がそう呟いた。
ドッチボールの試合という名目を盾にして事故を装い、白石透を攻撃するという作戦が見事に打ち砕かれたようだ。
「楽しみにしているわ」
私はにこりと笑ってその場を後にした。
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