悲劇のフランス人形は屈しない
体育館に到着したと同時に、勝敗が付いた笛が鳴った。
「勝者、B組!」
B組の応援席から大きな歓声が上がった。
熱気に包まれた大きな体育館の中、伊坂の姿がないかと探す。
「11時30分からバスケの試合を始めます。左コートが男子。右コートが女子です」
館内にマイクの音が響き、今度は二階席から歓声が沸いた。
上を向くと、二階席にはA組の応援幕を持った女子が騒いでいる。さきほどより人数が増えている様子を見ると、男子バスケにお目当ての人でもいるのだろう。
(そういや私の時もあったな。好きな男子の応援)
C組のコートへ向かいながら昔を思い起こす。
確かにスポーツの出来る男子は、どこかかっこよく見える。かくゆう私も学生時代は少しミーハーなところがあった。しかし、少し気になっている男子に「力持ちのハルク」呼ばわりされて以来、その小さな乙女心はバリバリに砕け散った
(まあ、ハルクはまだマシな方か。緑色の怪物とは言え、一応あれは元人間だしな。シュレックって言われたらもっとショックだった気がする)
そんなことを考えていると、後ろから「白石さん!」と伊坂の声が聞こえた。
顔を真っ赤にしているところを見ると、一生懸命頑張ってくれたのが想像できた。
「その腕、痛々しいね。大丈夫?」
湿布の上から包帯を巻かれている私の腕を見て、伊坂が顔をしかめた。
「大げさに見えるけど、痛みはないわ」
そして話題を変えようと、私は聞いた。
「パン食い競争はどうだった?」
「1位だった!総合的には負けちゃったけど!」
嬉しそうな顔で、持っているあんぱんを見せて来た。
「ね。知ってた?これ、超有名な村田屋のあんぱんなの!毎朝7時のオープン前から行列で、このあんぱんを買うには2時間は待つんだよ!それをパン食い競争のパンにするなんて、さすが、お金持ち校!」
すっかり朝の緊張の面持ちは消え、心から体育祭を楽しんでいるように見える。
「良かったわね」
あんぱんに感動している伊坂に思わず笑みが漏れる。
しかし伊坂は、はっとした顔をした。
「あ!もしかして、白石さんも欲しい?というか、私が代理で走っただけだから、これは白石さんのパンよね…」
いきなりシュンとする伊坂の態度に、吹き出しそうになるのを必死に堪える。
「私、パンは苦手なの」
100%嘘だが、この純粋な伊坂からあんぱんを取り上げるなんて非道な真似は出来ない。
「本当に?いいの?私が食べちゃってもいいの?」
(小動物みたい…)
「ええ。どうぞ召し上がって」
目を輝かせながら、あんぱんを大事そうに眺めている伊坂の頭を撫でたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢した。
「そろそろ試合が始まるわね」
館内放送が流れ、参加者はコートに集まれと指示が下された。
「私、二階席で応援しているね!」
「ええ。ありがとう」
伊坂と別れを告げ、クラスのメンバーが集まっているコートへと向かった。
今回は出場選手の中に郡山がいないため、何にも問題はないだろうと安心していたが、それは全くの勘違いだった。
(ボールが回って来ない…)
ゲームの中盤になっても、一度もパスが回されないどころか、私抜きで試合を行っているのが見て分かった。
郡山の指示なのだろうか。
ふと二階席に視線を向けると、郡山とその取りまきたちが私を見て、何やらヒソヒソ笑っているのが見えた。きっと、コートの中でぽつんと立っている私が、滑稽に見えているのだろう。
ちらりと得点板に目をやると、5対0で負けていた。
(ったく仕方ないな)
試合終了まで残り2分となったところで、私はやっと動き出した。
敵、味方関係なく自分でボールを取りに行くしかない。
「失礼するわね」
味方チームのドリブルにお邪魔する。
「え…白石さん?」
自分からボールを奪い取ったのが、自分のクラスメートだと知って呆然としている。ボールを貰ってからは、すぐさまレイアップで一点を奪い返す。点を取ったと言うのに歓声は一切聞こえず、コート内も二階席もしんと静まり返っている。
いっぽうで、私は喜びに体が震えていた。
(るーちゃんの体でもバスケが出来る!)
敵にボールが渡った瞬間、低めにかがんで敵の死角に入り、ボールを奪う。そしてすぐさま得点し2点連続奪取した。ちらりとタイマーを見ると、残り1分を切っている。
私には、どうしても試したいことがあった。
敵チームがドリブルをしてゴールに向かって来るところを奪い返し、ドリブルでゴール前へと進む。それからドリブルをしたまま、スリーポイントのラインで止まった。
(やっぱり遠いな)
小学生と練習した時と同じく、遠く感じるゴールポスト。しかし、ぐっと膝に力を入れ腕の角度を計算してすっとボールを放った。
パスッと気持ちの良い音がして、三点の得点が入った。
「決まったー!!」
しばし白石透であることを忘れ、私は思わず叫んでしまった。
(あ、ヤバ…)
そう我に返ったのと、隣のコートで大歓声が起きたのが同時だった。
選手たちも二階席の応援組も、何事かと男子バスケの方に気を取られている。
(た、助かった…)
「勝者、C組」と審判が言っているが、誰も気にした様子を見せない。
みんな隣のコートに釘付けだ。
引き続き、勝ち残ったA組対、私のクラスのC組の試合だったが、見学者も選手も気もそぞろでバスケをしているようで全くしていない。
そこで私はここぞとばかりに、スリーポイントシュートの練習を行った。やはり、腕の角度やジャンプ力によって、何度か外してしまった。しかし、白石透の体でもコツは何となくつかめてきた。10本中6本入れれば、今度こそ小学生たちの真のヒーローになれるだろう。また、公園でバスケ少年たちとバスケをするのが楽しみになってきた。
(最近、会ってないけど。みんな元気にしてるかな)
そんなことを考えながらゴールを入れていると、ピーと試合終了の笛が鳴った。
33対0
私含め、皆得点の差が見て驚いていた。
C組の圧勝だった。
「勝者、B組!」
B組の応援席から大きな歓声が上がった。
熱気に包まれた大きな体育館の中、伊坂の姿がないかと探す。
「11時30分からバスケの試合を始めます。左コートが男子。右コートが女子です」
館内にマイクの音が響き、今度は二階席から歓声が沸いた。
上を向くと、二階席にはA組の応援幕を持った女子が騒いでいる。さきほどより人数が増えている様子を見ると、男子バスケにお目当ての人でもいるのだろう。
(そういや私の時もあったな。好きな男子の応援)
C組のコートへ向かいながら昔を思い起こす。
確かにスポーツの出来る男子は、どこかかっこよく見える。かくゆう私も学生時代は少しミーハーなところがあった。しかし、少し気になっている男子に「力持ちのハルク」呼ばわりされて以来、その小さな乙女心はバリバリに砕け散った
(まあ、ハルクはまだマシな方か。緑色の怪物とは言え、一応あれは元人間だしな。シュレックって言われたらもっとショックだった気がする)
そんなことを考えていると、後ろから「白石さん!」と伊坂の声が聞こえた。
顔を真っ赤にしているところを見ると、一生懸命頑張ってくれたのが想像できた。
「その腕、痛々しいね。大丈夫?」
湿布の上から包帯を巻かれている私の腕を見て、伊坂が顔をしかめた。
「大げさに見えるけど、痛みはないわ」
そして話題を変えようと、私は聞いた。
「パン食い競争はどうだった?」
「1位だった!総合的には負けちゃったけど!」
嬉しそうな顔で、持っているあんぱんを見せて来た。
「ね。知ってた?これ、超有名な村田屋のあんぱんなの!毎朝7時のオープン前から行列で、このあんぱんを買うには2時間は待つんだよ!それをパン食い競争のパンにするなんて、さすが、お金持ち校!」
すっかり朝の緊張の面持ちは消え、心から体育祭を楽しんでいるように見える。
「良かったわね」
あんぱんに感動している伊坂に思わず笑みが漏れる。
しかし伊坂は、はっとした顔をした。
「あ!もしかして、白石さんも欲しい?というか、私が代理で走っただけだから、これは白石さんのパンよね…」
いきなりシュンとする伊坂の態度に、吹き出しそうになるのを必死に堪える。
「私、パンは苦手なの」
100%嘘だが、この純粋な伊坂からあんぱんを取り上げるなんて非道な真似は出来ない。
「本当に?いいの?私が食べちゃってもいいの?」
(小動物みたい…)
「ええ。どうぞ召し上がって」
目を輝かせながら、あんぱんを大事そうに眺めている伊坂の頭を撫でたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢した。
「そろそろ試合が始まるわね」
館内放送が流れ、参加者はコートに集まれと指示が下された。
「私、二階席で応援しているね!」
「ええ。ありがとう」
伊坂と別れを告げ、クラスのメンバーが集まっているコートへと向かった。
今回は出場選手の中に郡山がいないため、何にも問題はないだろうと安心していたが、それは全くの勘違いだった。
(ボールが回って来ない…)
ゲームの中盤になっても、一度もパスが回されないどころか、私抜きで試合を行っているのが見て分かった。
郡山の指示なのだろうか。
ふと二階席に視線を向けると、郡山とその取りまきたちが私を見て、何やらヒソヒソ笑っているのが見えた。きっと、コートの中でぽつんと立っている私が、滑稽に見えているのだろう。
ちらりと得点板に目をやると、5対0で負けていた。
(ったく仕方ないな)
試合終了まで残り2分となったところで、私はやっと動き出した。
敵、味方関係なく自分でボールを取りに行くしかない。
「失礼するわね」
味方チームのドリブルにお邪魔する。
「え…白石さん?」
自分からボールを奪い取ったのが、自分のクラスメートだと知って呆然としている。ボールを貰ってからは、すぐさまレイアップで一点を奪い返す。点を取ったと言うのに歓声は一切聞こえず、コート内も二階席もしんと静まり返っている。
いっぽうで、私は喜びに体が震えていた。
(るーちゃんの体でもバスケが出来る!)
敵にボールが渡った瞬間、低めにかがんで敵の死角に入り、ボールを奪う。そしてすぐさま得点し2点連続奪取した。ちらりとタイマーを見ると、残り1分を切っている。
私には、どうしても試したいことがあった。
敵チームがドリブルをしてゴールに向かって来るところを奪い返し、ドリブルでゴール前へと進む。それからドリブルをしたまま、スリーポイントのラインで止まった。
(やっぱり遠いな)
小学生と練習した時と同じく、遠く感じるゴールポスト。しかし、ぐっと膝に力を入れ腕の角度を計算してすっとボールを放った。
パスッと気持ちの良い音がして、三点の得点が入った。
「決まったー!!」
しばし白石透であることを忘れ、私は思わず叫んでしまった。
(あ、ヤバ…)
そう我に返ったのと、隣のコートで大歓声が起きたのが同時だった。
選手たちも二階席の応援組も、何事かと男子バスケの方に気を取られている。
(た、助かった…)
「勝者、C組」と審判が言っているが、誰も気にした様子を見せない。
みんな隣のコートに釘付けだ。
引き続き、勝ち残ったA組対、私のクラスのC組の試合だったが、見学者も選手も気もそぞろでバスケをしているようで全くしていない。
そこで私はここぞとばかりに、スリーポイントシュートの練習を行った。やはり、腕の角度やジャンプ力によって、何度か外してしまった。しかし、白石透の体でもコツは何となくつかめてきた。10本中6本入れれば、今度こそ小学生たちの真のヒーローになれるだろう。また、公園でバスケ少年たちとバスケをするのが楽しみになってきた。
(最近、会ってないけど。みんな元気にしてるかな)
そんなことを考えながらゴールを入れていると、ピーと試合終了の笛が鳴った。
33対0
私含め、皆得点の差が見て驚いていた。
C組の圧勝だった。