悲劇のフランス人形は屈しない
「白石さん、すごかったね!」
興奮冷めやらぬ伊坂は、汗を拭いている私に駆け寄った。
「ポンポン入れちゃうから、驚いた!」
「たまたまよ」
内心は、前の調子が少し取り戻せてかなり感動していた。身長をカバーするために、ジャンプ力を鍛える必要がありそうだが、低身長を生かした低いドリブルも練習すれば強い武器になるだろう。
(…ただ、練習する相手がいないんだけどさ)
「郡山さんも最初はヤジを飛ばしてたけど、最後は静かだったよ!」
(郡山は隣のコートに気を取られてたんだと思うけどね…)
隣のコートで幾度となく黄色い声援が沸いていたのにも関わらず、自分だけを応援してくれたことに涙が出そうだ。
「そう言えば、隣のコートも凄かったね。彼が出て来てから凄い騒ぎだった!」
体育館を出ながら、伊坂が言った。
「彼?」
「ほら、あの白石さんの…」
そこまで言って口をつぐんだ。
その理由が一瞬にして分かった。
(嫌な予感…)
そう思うが早いか、首元にどしんと重みが加わった。
「白石ちゃ~ん!」
前髪をゴムで結んだ蓮見が、私の肩を組んだ。
「…鬱陶しいのが来た」
「え?何か言った?」
「ごきげんよう」
私は笑顔を向けた。
「白石ちゃんが体育祭にいるなんて、何か新鮮じゃない?」
腕を私の首に回しながら、後ろにいるだろう天城と五十嵐に話かけている。
「腕を下ろしてくださる?重いし、暑苦しいのだけど」
なるべく表情を崩さないまま蓮見に言うが、後ろの二人と会話していて聞こえていない。
伊坂はなぜか突然現れた男子三人組に恐縮している。
「私たちはこれで失礼しますわ。ね、伊坂さん?」
「あ、そうだね…」
どこかホッとした表情の伊坂が頷いた時、蓮見が言った。
「あ!この前パーティーに来てくれた子だよね?」
「う、うん…」
「あの時はありがとうね!白石ちゃんのプレゼントを渡してくれたよね」
(あ、そう言えば。お願いしたままだった…)
「その説はありがとう」
私は、今更でごめんという気持ちでお礼を言う。
「え!いや、私は本当に渡しただけで…」
「この後は、ランチでしょ?みんなで食べようよ!」
一人楽しそうな蓮見は、この場に流れる空気が読めないのだろうか。
相変わらず無表情だがどこか不服そうな天城に、未だに眠そうな五十嵐。この場から離れたくて仕方ない私に、居心地が悪そうな伊坂。
完全にみんなで楽しくランチをする雰囲気では全くない。
(ある意味大物だな、コイツ)
「私たちは遠慮しますわ。ほら、後ろにお客様が」
私は天城の後ろに視線を向けた。
バスケの試合を二階席から見ていた女子たちが、急いで追いかけてきたのであろう。クラスの垣根を超え、息を切らしながら大勢集まって来ていた。話かけるタイミングを見計らっているのか、ひそひそ声も止まない。私は、一種の騒動に陥りそうな予感がしていた。
「お忙しいと思いますので」
三人が大勢の女子に呆気に取られている間に、私は蓮見の腕を振り払い、伊坂の手を取った。
「今のうちに行きましょうか」
「う、うん」
三人が振り返った時には、私たちの姿は跡形もなく消えていただろう。
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