悲劇のフランス人形は屈しない
円形の食堂は、ジャージを着た生徒で溢れかえっていた。いつもの雰囲気とは異なり、みんなどこか浮かれだっている様子が見て取れる。
イベントの日は、食事も無償で提供されるようで、学生証の提示は必要なかった。空いている席を探して端の方に移動し、伊坂と向かい合って座った。
まだ緊張しているのか、伊坂は中々目の前のサンドイッチに手を付けなかった。
「何か心配事?」
いつものカレーを口に運び、様子が変な伊坂に聞いた。
「え?ううん。さっきのバスケ凄かったな~と思って」
サンドイッチを手に取り、伊坂が言った。
「次は何に出るの?」
「綱引きとリレーだけど…。伊坂さん、何かあったでしょう?私で良ければ聞くわ」
伊坂の瞳が大きく揺れた。
言いたいのに言えない、言ってはいけない、そんな気持ちが伝わって来た気がした。
「伊坂さん、本当に何か…」
そう口にした瞬間、鈴の音のような声が聞こえた。
「あら、白石さん!」
(タイミング…)
藤堂は、もともと約束していたかのように自然に私の隣に座った。
今日は大きめのテーブルを選んだのが凶と出た。藤堂の取り巻き女子は、伊坂の両隣に腰を掛ける。
「ごきげんよう」
嫌な表情をなるべく顔に出さず、挨拶する。
「あら、いつもカレー食べているのね」
藤堂が半ば馬鹿にしように笑う。
「何かご用?」
「体育祭に参加するなんて珍しいなと思って。中等部の頃は、ずっと保健室にいましたわよね」
取りまきがクスクスと笑う。
「掲示板見ましたわ。リレーに出るのね」
「ええ」
私はカレーを口に運んだ。
「A組に勝てるかしら。私のクラスには貴女の婚約者…、間違えましたわ。元婚約者さまもいるのよ」
藤堂のいるA組には、陸上部に在籍しているメンバーが数人いるらしい。それに加えて、スポーツ万能の天城もアンカーとして出る。
(たかが体育祭でもマウント取ってくるのか、最近の学生は)
半ば呆れながら雄弁に話す藤堂を目の端で捉える。
(ま、勝負に真剣なのはいいことか)
その時、次の種目が開始されるという館内放送が流れた。
「白石さんは、走れるのかしら?」
口角を上げて私を見つめる藤堂。
「初等部生の時は、かけっこの度にいつも最後でしたけど」
伊坂の表情が固まっているその横で、取り巻き女子たちは声を上げて笑っている。
「いつも泣きながら走っていたのを今でも思い出せるわ。結局、最後は先生に手伝ってもらいながらゴールしていたわよね」
私は思わずはっと息を吸い込んだ。
体を震わせている私を見て、気分を良くした藤堂は満足したのかさっと立ち上がった。
「せいぜい、白石さんが恥をかかないように祈っていますわ」
3人が去ると、伊坂が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫?あの、藤堂さんって人、なんか意地悪な人だね。知らなった…」
「るーちゃんが、かっこよすぎる」
「…え?」
(苦しいことが大嫌いなるーちゃんが、あの絶望的に運動音痴のるーちゃんが、最後の最後まで泣きながら完走したなんて。いい話にもほどがある!!)
「私、リレー何としても頑張るわ」
テーブルに手を置いて、私はきっぱりと言った。
「え、え?」
私の意味不明の態度に、伊坂が混乱しているのが手に取るように分かる。
「そろそろ、行きましょうか」
(負けられない戦いがまた出来てしまった…)
すっと立ち上がると、伊坂もそれに倣った。
食堂を出る手前で伊坂が私の腕を掴んだ。
「あの、白石さん。体育祭が終わったら、話したいことがあるんだ」
私は一瞬の間のあと、伊坂に向き直り、彼女の手を握った。
「いつでも聞くわ」
伊坂が今、何に直面しているかは知らないが、言おうと努力してくれることに心が温かくなる。出来ることはなんでもしてあげたい。
私の言葉を聞いた伊坂は、笑顔になった。
「まずは体育祭で優勝だね!」
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