悲劇のフランス人形は屈しない
私はグラウンドを囲うように張ってあるテント下にいた。
次の競技では借り物競争が行われ、伊坂がそれに参加している。紙に何が書かれているのか全く見えないが、生徒たちは興奮した様子でグラウンド内を駆け回り、お目当てのものを探している。
その時、一人の女子生徒が頬を紅潮させてこっちへ来た。皆に何かを聞いて回っている。そして私の前に来ると、先ほどから何度もしているだろう質問を投げて来た。
「天城さま、見なかった?」
私が首を横に振ると、その生徒は次のテントへと足を向けた。
ちらりと見えた紙には「好きな人」と書かれていた。
「一つ貸しよ」
私は隣にあるテーブルに向かって言った。
その後ろに天城が隠れているのは、だいぶ前から知っていた。
ここはC組のテントではあるが、クラスメートは別組の友人を訪ねているのか、私を避けているのかは定かではないが、自分一人しかいなかった。
午前中で体育館の使用が終わり、休憩している生徒以外ほぼ全員がグラウンドに集まっている。つまり、隠れるところがあまりないのだ。
「休憩所とか、トイレに隠れたらどう?」
何かを探しながら、走り回っている伊坂を見つめながら私は言った。
「最近の女子はトイレまで追いかけて来る」
抑揚のない声が返って来た。
「そう。大変ね」
(女子をあしらうのは、蓮見が得意そうだけど…)
しかし当の本人は、借り物競争を思いっきり楽しんでいるようだ。騒いでいる声が、ここまで届いて来る。
「なんで体育祭に参加してるんだ?」
しばらくの沈黙のあと、天城が口を開いた。
中等部の頃から運動という名のつくイベントを一切断っていたのだから、突然参加するなんて、不思議に思うのも無理はない。
「本気でリレーに出るのか?」
藤堂と同じことを思っているのだろうか。
皆の前で恥をかくと。
(るーちゃんはむしろ尊敬に値するのに。その価値が分からない人たち)
「あなたに関係があって?」
天城が立ち上がったのが音で分かった。
「婚約者ではないのだから、もう気にかけて頂かなくて結構よ」
私は真っ直ぐ前を見つめたまま言った。
(天城が今までしてきたるーちゃんを気遣うような行動は、白石透のためというより世間体のためでしかない。そんなのもう必要ない。婚約は解消されたのだから)
「俺は、お前が嫌いだ」
天城がそう言い、私は天城の顔を見据えた。
嫌われているのは設定だと分かっていても、変わることはないと一生ないと分かっていても、面と向かって言われるのは、意外と辛いものがある。
(るーちゃんは本当によく耐えた)
「だが・・・」
「奇遇ね。私もよ」
天城の目が少し細められた。
「昔の純粋だった白石透はもういないわ。これを機に、他人に戻りましょ」
(ごめんね、るーちゃん。でも貴女をズタズタに傷つけた人と仲良くは出来ない)
その時、試合終了の笛が鳴った。
勝者はA組だったようだ。蓮見が大はしゃぎしながら、天城の名前を連呼している。
「お呼びがかかっているわよ。行ったらどうかしら?」
相変わらず何も読み取れない表情のまま、天城は蓮見の方へ足を向けた。

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