悲劇のフランス人形は屈しない
体育祭、最後の種目であるクラス対抗リレーは、一番の盛り上がりを見せた。全校生徒がグラウンドに集まり、笛を吹いたり、応援用バットを叩いたりしながら、自分のクラスを全力で応援している。今のところA組が優勝候補であり、次にC組、そしてB組、D組と意外と点数的にも接戦を繰り広げている。
目玉なのは、アンカーを走る天城と、初等部生の頃からビリを外さない白石がいることだろう。運動音痴で、足が遅いことを良く知っている郡山が私をアンカーにしたということは、勝ちを狙いにいくより、全校生徒の前で恥をかかせたい気持ちが勝っているのだろう。そして、藤堂茜やその他の生徒までもそれを期待している。
(るーちゃんの体で短距離行けるかな)
準備運動をしながら私は悶々と考える。
正直言うと、長距離のランニングには慣れているものの、短距離の練習はしたことがなかった。早く走る方法は覚えている。ただ一つ問題なのは、白石透の体がそれについていけるかどうか、だ。
(心臓的にも問題ないから、大丈夫だとは思うけど)
一人そんなことを考えていたので、声を掛けられているのに気がつかなかった。
「おい」
肩を掴まれ、私は我に返った。
「あ、ごめんな…」
ここまで言いかけてやめた。
眉間にしわを寄せた天城が立っていた。その視線がちらりと私の腕や手の包帯に移る。
「ぼーっとしていると怪我する」
「え、ええ。忠告ありがとう」
いきなりそんな事を言われ、どう反応したらよいか戸惑っていると、金色の輪っかの飾りが付いた髪ゴムを渡された。
「結べ。見ていて暑苦しい」
確かに白石透特有のふわふわとした栗毛が、今や、湿気と汗によってさらに膨らんでいる。
(髪が気になるの?今?なぜ?)
疑問符が脳内に溢れ返るが、大人しくそれを受け取り、適当にポニーテールを結んだ。
確かにこちらの方が走りやすい気もする。
「アンカーか」
ちらりと私のタスキを見て、天城がそう呟いた。
「ええ。勝手に決められていましたので」
いつもと同じ無表情に冷たい口調なのに、なぜこんなにも話かけてくるのか。
今の天城には、違和感しか覚えない。
(さっき、お互いに嫌い宣言しなかったっけ?)
そう思いながらも、同じクラスの4人目がコーナーを曲がったのを目で追った。相変わらずA組が先頭を走っており、次にD組、そしてC組とB組が同等くらいだ。
会場は盛り上がっており、天城の出番が近づいて来ると女子の声援も甲高く響く。
「凄い声援ね」
そのコメントには一切反応せず、天城は私を一瞥するとトラックに出た。A組が先頭で、少し差はあるがD組が追い上げようとしている。その後ろに僅差でB組。そして最後に遅れを取っているのが、自分のクラスのC組だった。
天城にバトンが渡り、割れんばかりの拍手喝采で会場がさらに沸いた。
「白石さん!」
最後に到着したクラスメートがフラフラになりながら、私にバトンを渡した。
そこから、私の中の何かが弾けた。まるで、突然水を得た魚のように、生き生きと踊るように全身が血を駆け巡る。頬が風を切っていくのが分かる。足に羽が付いたかのように軽い。
(足が軽いというより、体が軽いんだ…)
脳のどこかで冷静に考えている私がいる。
いつの間にか目の前にいたB組を追い越し、その先のD組も夢中になって追い越していた。
天城の背中が近づいて来る。
ちらりと天城がこちらを見た気がした。
ゴールまであと少し。あと少しで、抜ける…!
アナウンスの声がグラウンドに響いた。
「ゴ、ゴール!なんと、なんと、なんと!!最後にどんでん返し!優勝はC組だー!」
会場が一瞬静まり返り、それから耳の奥にワーンと響くような歓声が渦巻いた。
はあはあと全身で呼吸をする。
喉が焼け付くように熱い。しかし、それよりも胸の何か熱いものがあふれ出しそうだった。
「て、天城ー!」
私は叫びながら、天城の胸倉を掴もうとしたが、応援団や女子生徒たちに取り囲まれ、その波に飲み込まれた天城に近づくことも出来なかった。
「ふざけるな!」
私の叫び声は周りの歓声に飲み込まれて、誰の耳にも届かなかった。
目玉なのは、アンカーを走る天城と、初等部生の頃からビリを外さない白石がいることだろう。運動音痴で、足が遅いことを良く知っている郡山が私をアンカーにしたということは、勝ちを狙いにいくより、全校生徒の前で恥をかかせたい気持ちが勝っているのだろう。そして、藤堂茜やその他の生徒までもそれを期待している。
(るーちゃんの体で短距離行けるかな)
準備運動をしながら私は悶々と考える。
正直言うと、長距離のランニングには慣れているものの、短距離の練習はしたことがなかった。早く走る方法は覚えている。ただ一つ問題なのは、白石透の体がそれについていけるかどうか、だ。
(心臓的にも問題ないから、大丈夫だとは思うけど)
一人そんなことを考えていたので、声を掛けられているのに気がつかなかった。
「おい」
肩を掴まれ、私は我に返った。
「あ、ごめんな…」
ここまで言いかけてやめた。
眉間にしわを寄せた天城が立っていた。その視線がちらりと私の腕や手の包帯に移る。
「ぼーっとしていると怪我する」
「え、ええ。忠告ありがとう」
いきなりそんな事を言われ、どう反応したらよいか戸惑っていると、金色の輪っかの飾りが付いた髪ゴムを渡された。
「結べ。見ていて暑苦しい」
確かに白石透特有のふわふわとした栗毛が、今や、湿気と汗によってさらに膨らんでいる。
(髪が気になるの?今?なぜ?)
疑問符が脳内に溢れ返るが、大人しくそれを受け取り、適当にポニーテールを結んだ。
確かにこちらの方が走りやすい気もする。
「アンカーか」
ちらりと私のタスキを見て、天城がそう呟いた。
「ええ。勝手に決められていましたので」
いつもと同じ無表情に冷たい口調なのに、なぜこんなにも話かけてくるのか。
今の天城には、違和感しか覚えない。
(さっき、お互いに嫌い宣言しなかったっけ?)
そう思いながらも、同じクラスの4人目がコーナーを曲がったのを目で追った。相変わらずA組が先頭を走っており、次にD組、そしてC組とB組が同等くらいだ。
会場は盛り上がっており、天城の出番が近づいて来ると女子の声援も甲高く響く。
「凄い声援ね」
そのコメントには一切反応せず、天城は私を一瞥するとトラックに出た。A組が先頭で、少し差はあるがD組が追い上げようとしている。その後ろに僅差でB組。そして最後に遅れを取っているのが、自分のクラスのC組だった。
天城にバトンが渡り、割れんばかりの拍手喝采で会場がさらに沸いた。
「白石さん!」
最後に到着したクラスメートがフラフラになりながら、私にバトンを渡した。
そこから、私の中の何かが弾けた。まるで、突然水を得た魚のように、生き生きと踊るように全身が血を駆け巡る。頬が風を切っていくのが分かる。足に羽が付いたかのように軽い。
(足が軽いというより、体が軽いんだ…)
脳のどこかで冷静に考えている私がいる。
いつの間にか目の前にいたB組を追い越し、その先のD組も夢中になって追い越していた。
天城の背中が近づいて来る。
ちらりと天城がこちらを見た気がした。
ゴールまであと少し。あと少しで、抜ける…!
アナウンスの声がグラウンドに響いた。
「ゴ、ゴール!なんと、なんと、なんと!!最後にどんでん返し!優勝はC組だー!」
会場が一瞬静まり返り、それから耳の奥にワーンと響くような歓声が渦巻いた。
はあはあと全身で呼吸をする。
喉が焼け付くように熱い。しかし、それよりも胸の何か熱いものがあふれ出しそうだった。
「て、天城ー!」
私は叫びながら、天城の胸倉を掴もうとしたが、応援団や女子生徒たちに取り囲まれ、その波に飲み込まれた天城に近づくことも出来なかった。
「ふざけるな!」
私の叫び声は周りの歓声に飲み込まれて、誰の耳にも届かなかった。