悲劇のフランス人形は屈しない
第四章 冬
吹き付ける風が、秋の乾いた風から肌を刺すような冷たい空気に変わるこの季節。そろそろ本格的に冬が訪れようとしていた。
凍るような風が吹き、天城は黒いコートの襟をしめた。
寒い季節は苦手だ。体は動かないし、着る服もだんだんと重くなってくる。まだ11月の上旬だと言うのに、すでにコートの下には裏起毛のパーカーを着ていた。
ふと楽しげな声がして、その方向を向くと、もう寒いというのに薄着でボール遊びをしている小学生たちが目に入った。
(…元気)
寒いせいか頭が上手く働かない。ぼーっとしながら、歩みを進めると、その中に小学生よりは頭一個分大きい人物が混ざっているのが見えた。
頭の上で一つ結びにした栗毛の髪が、風が吹くたびに四方に広がる。
見慣れたその女子もまた薄着で、小学生たちと和気あいあいとバスケを楽しんでいた。
「お姉ちゃん、もう一回勝負しよー!」
小学生軍団がそう叫んでいるのが聞こえた。
小学生たちとさほど身長も変わらないのに、何度もシュートを入れ、時にはスリーポイントも決める様子に、天城は目が釘付けになっていた。
―もう昔の純粋な白石透はいないの。
数週間前にそう言われた言葉が脳内に蘇った。
確かに、記憶に残る白石透と見た目こそ同じだが、完全に似て非なるものだった。
(今のあいつを見ると変な感じがする)
その場に立ちつくしたまま天城は、自分でも言い表せない感情が心の中で渦巻いているのを感じ取っていた。
婚約者の顔を見るたびに、自然と沸いて来る嫌悪感。「嫌い」という言葉が口をついて出るほどに、嫌で遠ざけたかった存在だった。
(それは今でも変わらない、か)
楽しそうに笑いながら、小学生にボールをパスしている無邪気な白石透。心の奥から何かどす黒い感情が沸き上がってくるが、この正体が分からなかった。
突然、ポケットのスマホが震え、我に返った。
しばらく立っていたせいか、手が冷えていた。
「もしもし」
『あ、海斗?』
電話の向こうで蓮見が言った。
『体育祭の時、貸したヘアゴムあるじゃん?あれ、どこにある?母ちゃんのを勝手に借りたのがバレちゃってさ。めっちゃ怒られた』
「…失くした」
天城は、またシュートを繰り出した白石透を見ながら呟いた。
『え、マジかよ!ま、いいか。似たようなのを買えば』
電話の向こうで蓮見が呑気に笑っている。
『ってか、体育祭と言えば。お前、最後のリレー惜しかったな!確かに、白石ちゃんの追い上げ劇には、ぶっ飛んだけど、お前を追い越すとは誰も想像もしてなかったよ!お前、本気出してなかったとか?』
しばらくの沈黙の後、ぼそりと天城は言った。
「…喜ぶかと思った」
『え?』
「いや、こっちの話」
『あ、そう。ま、いいや。これからこっち来るか?今五十嵐が来たから、これから二人でゲームするんだけど』
「今日はパスする」
そう言い、天城は電話を切った。
そして白石透にも背を向けて、歩きだした。
凍るような風が吹き、天城は黒いコートの襟をしめた。
寒い季節は苦手だ。体は動かないし、着る服もだんだんと重くなってくる。まだ11月の上旬だと言うのに、すでにコートの下には裏起毛のパーカーを着ていた。
ふと楽しげな声がして、その方向を向くと、もう寒いというのに薄着でボール遊びをしている小学生たちが目に入った。
(…元気)
寒いせいか頭が上手く働かない。ぼーっとしながら、歩みを進めると、その中に小学生よりは頭一個分大きい人物が混ざっているのが見えた。
頭の上で一つ結びにした栗毛の髪が、風が吹くたびに四方に広がる。
見慣れたその女子もまた薄着で、小学生たちと和気あいあいとバスケを楽しんでいた。
「お姉ちゃん、もう一回勝負しよー!」
小学生軍団がそう叫んでいるのが聞こえた。
小学生たちとさほど身長も変わらないのに、何度もシュートを入れ、時にはスリーポイントも決める様子に、天城は目が釘付けになっていた。
―もう昔の純粋な白石透はいないの。
数週間前にそう言われた言葉が脳内に蘇った。
確かに、記憶に残る白石透と見た目こそ同じだが、完全に似て非なるものだった。
(今のあいつを見ると変な感じがする)
その場に立ちつくしたまま天城は、自分でも言い表せない感情が心の中で渦巻いているのを感じ取っていた。
婚約者の顔を見るたびに、自然と沸いて来る嫌悪感。「嫌い」という言葉が口をついて出るほどに、嫌で遠ざけたかった存在だった。
(それは今でも変わらない、か)
楽しそうに笑いながら、小学生にボールをパスしている無邪気な白石透。心の奥から何かどす黒い感情が沸き上がってくるが、この正体が分からなかった。
突然、ポケットのスマホが震え、我に返った。
しばらく立っていたせいか、手が冷えていた。
「もしもし」
『あ、海斗?』
電話の向こうで蓮見が言った。
『体育祭の時、貸したヘアゴムあるじゃん?あれ、どこにある?母ちゃんのを勝手に借りたのがバレちゃってさ。めっちゃ怒られた』
「…失くした」
天城は、またシュートを繰り出した白石透を見ながら呟いた。
『え、マジかよ!ま、いいか。似たようなのを買えば』
電話の向こうで蓮見が呑気に笑っている。
『ってか、体育祭と言えば。お前、最後のリレー惜しかったな!確かに、白石ちゃんの追い上げ劇には、ぶっ飛んだけど、お前を追い越すとは誰も想像もしてなかったよ!お前、本気出してなかったとか?』
しばらくの沈黙の後、ぼそりと天城は言った。
「…喜ぶかと思った」
『え?』
「いや、こっちの話」
『あ、そう。ま、いいや。これからこっち来るか?今五十嵐が来たから、これから二人でゲームするんだけど』
「今日はパスする」
そう言い、天城は電話を切った。
そして白石透にも背を向けて、歩きだした。