悲劇のフランス人形は屈しない
拓也を事務所に連れて行きますと、その場を離れた男性に代わり、別の男がミット打ちの相手となった。高校生くらいだろうか。まだ顔は幼いが、派手な金髪頭にピアスをいくつもしており、鋭い目が印象的だ。
(不良かな)
そんなことを考えていると、金髪が言った。
「ったく。幸田さんも、人がいいよな。こんなひょろっちい奴の相手をするなんて」
(ひょっろちい…)
私の中で何かがプチンと切れた。
グローブをつけた拳を構える。
「時間のむ…」
何か言いかけていたが、そのままジャブを繰り出した。
無我夢中でジャブやストレートを相手のミットに叩き込む。
「お、おい。ちょっと待…」
問答無用で、キックをも繰り出す。
白石透の細い足では、そこまで威力はないものの、相手の鼻をあかせたのは事実だ。体格差が倍以上あるため、私の攻撃を受けるには、低くかがむ必要がある。その体勢が、エネルギーを消耗させているのだろう。金髪男子の息も少しずつ切れ始めた。
数分の間、ジャブやキックをミットで受け止めるという攻防が繰り広げられた。
十分に発散できたところで、私は動きを止めた。
「ひょろっちい奴で、ごめんなさいね」
肩で息をしながらも、私はふんと鼻を鳴らした。
漫画の登場人物に馬鹿にされるのは百歩譲っていいとする。そういう設定なのだからと、自分に言い聞かせることは出来る。しかし、本編にも出てこないサブキャラに、出会って早々見下されるのは腹の虫が収まらない。
「お前、可愛くねえな!」
少しばかし私の勢いに気圧されたのが悔しいのか、金髪の男が叫んだ。
私も負け時と言い返す。
「私は可愛いに決まってるでしょ!」
(可愛いはるーちゃんの特権なのよ!るーちゃんの見た目なら、何もしても可愛い!)
心の中でそう叫ぶ。
傍から見たら、相当なナルシストがだがそんなことはお構いなしに私は腕を組んだ。
「あなたに、見た目のことを言われたくない」
「その性格を直さないと、一生男出来ねえぞ!」
私の体がわなわなと震えた。
初対面の、しかも10歳ほども離れているガキに、そんなことを言われる日が来るとは思わなかった。
「あんたに言われる筋合いはない!」
食ってかかりそうな私と金髪男子との間を、事務室から戻って来た男性が止めに入った。
「うんうん。そこまでにしようか」
そしてまた私に、ペットボトルの水を渡してくれた。
「また、相当一人で溜め込んでいるようだね」
頭をぽんぽんと撫でながら優しい口調で幸田は言った。
「辛いならいつでも来ていいんだよ」
その瞬間、心の底に隠していた思いがどんどんと溢れ、決壊した。
涙が止まらなかった。
この世界に迷い込んで、初めて私は心の底から大泣きした。
トレーニング中の選手たちが、何事かとこちらの様子を見ている。それを気遣ってか、拓也が昼寝している事務室に連れて行ってくれた。
(不良かな)
そんなことを考えていると、金髪が言った。
「ったく。幸田さんも、人がいいよな。こんなひょろっちい奴の相手をするなんて」
(ひょっろちい…)
私の中で何かがプチンと切れた。
グローブをつけた拳を構える。
「時間のむ…」
何か言いかけていたが、そのままジャブを繰り出した。
無我夢中でジャブやストレートを相手のミットに叩き込む。
「お、おい。ちょっと待…」
問答無用で、キックをも繰り出す。
白石透の細い足では、そこまで威力はないものの、相手の鼻をあかせたのは事実だ。体格差が倍以上あるため、私の攻撃を受けるには、低くかがむ必要がある。その体勢が、エネルギーを消耗させているのだろう。金髪男子の息も少しずつ切れ始めた。
数分の間、ジャブやキックをミットで受け止めるという攻防が繰り広げられた。
十分に発散できたところで、私は動きを止めた。
「ひょろっちい奴で、ごめんなさいね」
肩で息をしながらも、私はふんと鼻を鳴らした。
漫画の登場人物に馬鹿にされるのは百歩譲っていいとする。そういう設定なのだからと、自分に言い聞かせることは出来る。しかし、本編にも出てこないサブキャラに、出会って早々見下されるのは腹の虫が収まらない。
「お前、可愛くねえな!」
少しばかし私の勢いに気圧されたのが悔しいのか、金髪の男が叫んだ。
私も負け時と言い返す。
「私は可愛いに決まってるでしょ!」
(可愛いはるーちゃんの特権なのよ!るーちゃんの見た目なら、何もしても可愛い!)
心の中でそう叫ぶ。
傍から見たら、相当なナルシストがだがそんなことはお構いなしに私は腕を組んだ。
「あなたに、見た目のことを言われたくない」
「その性格を直さないと、一生男出来ねえぞ!」
私の体がわなわなと震えた。
初対面の、しかも10歳ほども離れているガキに、そんなことを言われる日が来るとは思わなかった。
「あんたに言われる筋合いはない!」
食ってかかりそうな私と金髪男子との間を、事務室から戻って来た男性が止めに入った。
「うんうん。そこまでにしようか」
そしてまた私に、ペットボトルの水を渡してくれた。
「また、相当一人で溜め込んでいるようだね」
頭をぽんぽんと撫でながら優しい口調で幸田は言った。
「辛いならいつでも来ていいんだよ」
その瞬間、心の底に隠していた思いがどんどんと溢れ、決壊した。
涙が止まらなかった。
この世界に迷い込んで、初めて私は心の底から大泣きした。
トレーニング中の選手たちが、何事かとこちらの様子を見ている。それを気遣ってか、拓也が昼寝している事務室に連れて行ってくれた。