悲劇のフランス人形は屈しない
伊坂の行方
知らない人の前で醜態は晒してしまったが、おかげで気持ちが凄く晴れ晴れしていた。体育祭の後に残っていたモヤモヤした気持ちも吹っ飛んだ。
通常運転に戻ったのは、全校生徒も同じだった。一躍時の人として話題となったリレー3人抜きの白石透だったが、体育祭の熱気は完全に消え去り、誰一人としてその業績を口にするものはいなかった。
「おばちゃん、今日もカレーをお願い」
食堂のおばちゃんに、そう声をかける。
日常生活に戻ってしまうのは、私にとっても願ってもいないことだった。またこれで平和が戻ってくる。変な視線に晒されるより、空気に徹していた方が気持ちは楽だ。今までと同じ、静かな毎日。ただ一つ。いつも一緒にいた伊坂の存在がないことだけが、心にぽっかりと穴を開けていた。
おばちゃんがオマケしてくれた、カツを頬張りながら、今伊坂はどこで何をしているのかと思いを巡らせた。相変わらず連絡はつかず、メッセージも一向に読まれた気配はない。
(元気にしているといいけど…)
「あらぁ、白石さん!」
明るい声を響かせて、藤堂が私の座っている方へ歩いて来た。
「今日はおひとり?」
私が何も答えずにいると、口に手を当て、ふふと笑った。
「そうよね。また独りぼっちね」
取りまきの女子が声をあげて笑った。
それから、藤堂は私の耳に口を近づけた。
「あの庶民は、貴女に近づきすぎたのよ」
「な…」
私の瞳が恐怖に揺れる。心臓が喉元まで迫って来る。
「貴女はずっと孤独でいなきゃ。じゃないと痛い目見るのは、別の子よ」
「ど、どういうこと…?」
質問には答えず、藤堂は楽しげに口を歪ませた。
「哀れな庶民の娘は、消されてしまいましたとさ」
「と、藤堂!」
私が藤堂に飛びかかる寸前で、間に入る者がいた。
「やめろ」
天城が私の腕をしっかり掴んでいた。
「何があったのか知らないけど、食堂では静かにね~」
蓮見が私に背を向けるように前に立ちはだかった。
「あら、お三方だわ!」
取り巻きの一人が嬉しそうに言った。
「天城さまが、食堂にいらっしゃるなんて初めてでは?」
藤堂の嬉しそうな声が、蓮見の背中越しに聞こえる。
しかし、私は藤堂に聞かなければならないことがあった。どうしても聞きたいことが。
「藤堂!さっきの…」
天城の手を振り払い、蓮見を押しのけようとするが、再度手を掴まれた。
今度は天城だけでなく、五十嵐も、私が逃げられないようにしっかり腕を握っている。
「…離して」
伊坂の行方を知っているのは、突然の転校の理由を知っているのは、藤堂しかいない。
二人の手を解こうともがくが、自分の倍も力がある男子を振り払うことは出来ない。
「邪魔しないで」
「今、頭に血が上り過ぎてる」
落ち着いた声で五十嵐が言った。
「いったん、ここから引き上げる」と天城。
「賛成」
五十嵐が同意するが早いか、私は半ば引き連れるようにして食堂を離れるしかなかった。
通常運転に戻ったのは、全校生徒も同じだった。一躍時の人として話題となったリレー3人抜きの白石透だったが、体育祭の熱気は完全に消え去り、誰一人としてその業績を口にするものはいなかった。
「おばちゃん、今日もカレーをお願い」
食堂のおばちゃんに、そう声をかける。
日常生活に戻ってしまうのは、私にとっても願ってもいないことだった。またこれで平和が戻ってくる。変な視線に晒されるより、空気に徹していた方が気持ちは楽だ。今までと同じ、静かな毎日。ただ一つ。いつも一緒にいた伊坂の存在がないことだけが、心にぽっかりと穴を開けていた。
おばちゃんがオマケしてくれた、カツを頬張りながら、今伊坂はどこで何をしているのかと思いを巡らせた。相変わらず連絡はつかず、メッセージも一向に読まれた気配はない。
(元気にしているといいけど…)
「あらぁ、白石さん!」
明るい声を響かせて、藤堂が私の座っている方へ歩いて来た。
「今日はおひとり?」
私が何も答えずにいると、口に手を当て、ふふと笑った。
「そうよね。また独りぼっちね」
取りまきの女子が声をあげて笑った。
それから、藤堂は私の耳に口を近づけた。
「あの庶民は、貴女に近づきすぎたのよ」
「な…」
私の瞳が恐怖に揺れる。心臓が喉元まで迫って来る。
「貴女はずっと孤独でいなきゃ。じゃないと痛い目見るのは、別の子よ」
「ど、どういうこと…?」
質問には答えず、藤堂は楽しげに口を歪ませた。
「哀れな庶民の娘は、消されてしまいましたとさ」
「と、藤堂!」
私が藤堂に飛びかかる寸前で、間に入る者がいた。
「やめろ」
天城が私の腕をしっかり掴んでいた。
「何があったのか知らないけど、食堂では静かにね~」
蓮見が私に背を向けるように前に立ちはだかった。
「あら、お三方だわ!」
取り巻きの一人が嬉しそうに言った。
「天城さまが、食堂にいらっしゃるなんて初めてでは?」
藤堂の嬉しそうな声が、蓮見の背中越しに聞こえる。
しかし、私は藤堂に聞かなければならないことがあった。どうしても聞きたいことが。
「藤堂!さっきの…」
天城の手を振り払い、蓮見を押しのけようとするが、再度手を掴まれた。
今度は天城だけでなく、五十嵐も、私が逃げられないようにしっかり腕を握っている。
「…離して」
伊坂の行方を知っているのは、突然の転校の理由を知っているのは、藤堂しかいない。
二人の手を解こうともがくが、自分の倍も力がある男子を振り払うことは出来ない。
「邪魔しないで」
「今、頭に血が上り過ぎてる」
落ち着いた声で五十嵐が言った。
「いったん、ここから引き上げる」と天城。
「賛成」
五十嵐が同意するが早いか、私は半ば引き連れるようにして食堂を離れるしかなかった。