悲劇のフランス人形は屈しない
それからしばらく経ったある日の夜。
私は勉強机に向かい、授業の復習を行っていた。23時を過ぎたころ、控えめにドアがノックされて、既にパジャマに着替えたまどかが入って来た。
「まだ、起きてたの?」
私は振り返り、椅子の背に肘を乗せて聞いた。しかし、その質問には答えず、まどかはテーブルにパソコンを置くと、ソファーとテーブルの狭い場所に腰を落ち着けた。
「伊坂さんを見つけたわ」
「え!」
危うく椅子から落ちるところだった。
私は急いでソファーに飛び乗ると、妹の後ろから画面を覗き込んだ。
「ここからかなり遠い山奥にいるみたい」
パソコンの画面に日本の地図が映し出されている。赤いマークが一か所点滅しているのが分かった。
「どうやって…」
口の中が乾いて、うまく言葉が発せられない。
「おそらく、伊坂さんが携帯の電源を入れたのね」
妹がそう言うか早いか、私は自分のカバンに入れっぱなしになっていたスマホを取り出した。メッセージが一件来ている。
「伊坂さんから来てる…」
メッセージは長い文章で、今までのお礼と、父親の突然の転勤で田舎に引っ越したと綴られていた。子供がいない農村の人たちは、弟も含め可愛がってくれていると。毎日採れたての野菜が食べられて嬉しいと言っていた。
「家族みんな元気だって」
震える手でメッセージを妹に見せる。まどかの瞳もほっとしたように細められた。
山奥で中々電波が拾えなくて、返信が遅くなったと書いてあった。
「良かった。本当によかった」
私は安堵の息を吐き、倒れこむようにソファーに身を沈めた。
「それでも、背景に何かがあるとしか思えない」
一安心はしたものの、この一件が解決したわけではない。
「まどか。悪いんだけど、藤堂が体育祭の日に伊坂さんに接触していた可能性があるか、調べてみてくれない?今日じゃなくてもいいんだけど…」
しかし、私が話している間から、まどかは真徳高校のネットワークに侵入し、数ある生徒の名前と写真から、藤堂茜を割り出した。そして、その顔が体育祭当日にどこにいたのか、一気に探していく。目も回るような画面の切り替えに、私は船酔いしそうだったが、妹は全く動じた様子を見せない。
「ずっと他の生徒と一緒にいるわね。接触したのは、一度だけ。お姉さまと伊坂さんが一緒にランチしている時よ」
「そうだった」
あの時の様子を思い出してみる。白石透の話ばかりで、伊坂の方には全く興味がなさそうだった。藤堂は、白石透が全校生徒の前で恥をかくこと、それしか頭の中にないようだった。
(そう考えると…)
「藤堂は、無関係なのかも?」
態度に出やすい藤堂が、伊坂のことを知りながら隠しているとは思えない。
「その可能性は高いわね」
まどかが画面から目を離さずに言った。
「あら?」
「何か気になることでも…」
「もしかして、西園寺響子は体育祭に来なかった?」
妹が私の顔を見上げた。
「そう言えば、一度も見てない」
ここに来て初めて気づいた。大好きな天城の雄姿を見るために、二階席や応援席にいてもおかしくはないはずだが。
「今全校生徒をスキャンしたのだけど、この人だけ体育祭当日にいなかったわ」
「じゃあ、このフードが西園寺…?」
自分の声が震えた。
伊坂とカメラの死角で何やら話している人物。
「断定は出来ないけど、あり得るわね。だけど…」
まどかは心配そうに私の腕を触った。
「要注意人物なんでしょ。むやみに近づかないで」
(そう。西園寺響子は、ずっと裏で糸を引いてきた人物。そして最後には、白石透を階段から突き落とす張本人)
「ええ。気をつけるわ」
あともう少しで冬休みだ。
休みが明けたらあっという間に高校2年生になる。さらに気を引き締める必要がありそうだ。
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