悲劇のフランス人形は屈しない
ある放課後。
「平松、買い物に行きたいのだけど」
迎えに来た平松に、車の中でそう伝えと、平松はすぐさま頷いた。
「はい。奥様から言付かっております」
「え、お母さまから…?」
母親が絡むと良いことは一つもない。
(絶対タイツとは関係なさそうだけど…)
しかし、平松は無言でいつものように高級デパートへと車を走らせた。

「こちらはいかがでしょうか?」
鏡の前に立たされ、いくつものドレスを試着させられていた。
(やっぱりタイツは関係なかったか…)
私は黙ったまま、言われた通りにする。
『ダメね。赤いのを見せて頂戴』
どこから掛けて来ているのか不明だが、母親がビデオ通話の向こうから言った。平松は、電話を掲げ私の姿がちゃんと見えるように位置を移動していた。
(そこまでやるか、平松)
母親の合格が出るドレスが見つかるまでに優に2時間以上はかかった。試着したドレスの数はもう覚えていない。
やっとのこととで解放された私は、店内に用意されたソファーに倒れこんだ。
『必ず、天城さんのエスコートで行くのよ』
そう最後にそう言い終えると、すぐに電話を切った母親。相変わらず自分中心の生活を送っているようだ。
「平松、一体これは何?」
会計を済ませ、店員から荷物を受け取っている平松に私は声を掛けた。
「何を言っているんですか。真徳高校のクリスマスパーティーを忘れたのですか?」
(クリスマスパーティー…)
そう言われ、一気に蘇る記憶があった。
高校3年の冬、自らの命を絶った白石透。その決定打となったのは、自分を階段から突き落とし瀕死の状態にまで追い込んだ西園寺響子とパーティーへ行った天城の姿を見たからだった。
どんなに西園寺響子に貶められたと言っても、天城は一切聞く耳を持たなかった。それどころか、白石透とは性格が真反対の西園寺響子へ好意を持ち始めていた。そのパーティーで、天城は西園寺響子と婚約すると発表したのだ。
「中等部の頃から楽しみにしていましたよね」
駐車場への道を歩きながら、私は上の空で答えていた。
「そうね」
「天城さまの一件は、いかがいたしましょうか」
婚約破棄の件を知っている平松が、私を見た。
なぜかまだ母親の耳にまで入っていないのか、母親は天城と行くものと思い込んでいる。
「証拠が必要なのよね。どこかで機会を作るわ」
「そうして頂けると助かります」
どこかホッとしたような平松とは反対に、私は心臓がどくどく打っていた。
(西園寺。まだ今年は仕掛けて来るとは思えないけど…)
一抹の不安がよぎった。
< 90 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop