悲劇のフランス人形は屈しない
「ひぃーさみぃー」
私はまたもや同じことを繰り返していた。
結局クリスマスパーティーに気を取られ過ぎて、タイツを買うことなど頭から完全に吹っ飛んでいた。そして妹に真徳高校のクリスマスパーティーが何たるかを聞いて、さらにタイツなど重要ではないと思ってしまった。
早歩きで校舎に向かいながら、どうしたものかと考えていた。
妹によると、真徳高校のクリスマスパーティーに参加する人は必ずパートナーを連れて行かなくてはならないらしい。パートナーがいない人が参加できないという決まりではないが、〈カップルチケット〉と呼ばれるチケットが手に入らないそうだ。そのカップルチケットがないと、今年のキングとクイーンに立候補もできず、投票も行えない。それに選ばれることが、生徒たちの間でも一種のステータスであり、選ばれた男女は学校内のトロフィールームに写真付きで永遠に飾られることになる。他にも、学食が当分の間無料だったり、映画のペアチケットがもらえたりと、金持ち校にしてはささやかすぎる景品ももらえるそうだ。
学生たちだけでなく、生徒の親たちも自分たちの娘や息子が選ばれることに躍起になっているという。
(…はあ、面倒くさい)
考えるだけでため息が出るが、白石家にはかつての栄光としてキングとクイーンに選ばれた親がいるため、一人でパーティーへ参加することは許されない。
〈天城さまでなくても良いので、必ず誰かと行って下さい!〉
平松が車を降りるたびに、そう念を押す。
意識してみると、周りは一気にクリスマスムードになっていることに気づいた。
女子生徒のはしゃぎようだけでなく、構内もそういった飾りつけが施されている。園芸部が大事に育てている木々にもクリスマスのオーナメントが飾られており、色とりどりのライトが点滅していた。
「白石ちゃーん!」
首元に腕が回され、いつもの三人が登場したのが分かった。
しかし、普段よりは不快な気分にならなかった。後ろを歩いている天城と五十嵐が巨大な盾となって、北風を受けていているからだ。
(ここで役に立つとは…)
「いい天気だね~。めっちゃ寒いけど」
朝から元気いっぱいの蓮見が、なぜか嬉しそうに言った。
「ごきげんよう」
とりあえず挨拶は返しておくが、理解できないことがあった。
(私、この人たちと関わらない宣言したはずだよね?)
もう婚約者でも何でもないし、白石透に構う理由もないのに、何かと関わってくるのはなぜだろう。
(アホ、なのか?)
「あ、今失礼なこと考えたでしょ!」
私の顔を覗き込んだ蓮見が言った。
「いえ。そんなことは」
「白石ちゃんはいつも顔に出るよね」
私は思わず自分の両頬に手を当てた。
(そんなつもりはなかったけど、気をつけよう)
「ねえねえ。パーティーには誰と行くか決めた?」
「…あ、そうだ」
蓮見の質問には答えず、私は足を止めた。
後ろを振り返り、天城を見る。
「クリスマスパーティーなのだけど」
私に倣い、立ち止まった天城は、無表情のまま私を見下げている。
「藤堂さんをお誘いして下さらない?」
「とうどうさんって?」
天城の隣で、眠そうにしていた五十嵐が欠伸を噛みしめながら聞いた。
「あなたたちと同じA組の藤堂茜さん。目が大きくて可愛い…」
「ああ!白石ちゃんが飛びかかりそうになった子ね」
蓮見が手をポンと叩きながら、余計なことを言った。
「あの件はどうなったの?」
「もう大丈夫ですわ」
私は早口で答え、それからもう一度天城を見た。
「藤堂さんとパートナーはいかが?ああ、もちろん返事は直接彼女に伝えて下さい。私から言われたと伝えてくれると、なお嬉しいわ」
(お願いだから、これ以上面倒なゴタゴタに巻き込まないで)
期待を込めた目で天城に笑顔を向ける。
天城の眉間にしわが寄ったかと思うと、バチッと音が鳴り私の額が刺すように痛く熱くなった。
「…いっ!」
(何、今デコピンされた…?)
痛みに額を押さえている私を置いて、天城はその場から歩き去る。
「え?なに、今の!」
明らかにこの状況を楽しんでいる蓮見は、爆笑寸前の顔をしている。
「おい、海斗。待てって~」
(あんのクソガキ~!)
男にデコピンされるなんて、人生初だ。しかも手加減なしで。
「大丈夫?絆創膏いる?」
五十嵐が私の顔を覗き込みながら聞いた。
「結構よ」
私はすぐさま答えた。
おでこに絆創膏なんて貼っていたら、郡山や藤堂になんて言って馬鹿にされるか。
「かなり赤くなっているけど」
額を見ながら五十嵐が言った。
(思いっきりやってくれたからね)
前髪をかき集めて額を隠すのを、五十嵐も黙って手伝ってくれている。
「あ、そうだ。五十嵐、…さん」
校舎に向かって歩き始めながら私は声を掛けた。
「なに?」
隣を歩いている五十嵐は寒そうにマフラーに顔を埋めているため、顔がほとんど見えない。
「あなたもパーティーに参加するの?」
「考え中」
「そう」
押し黙った私の方を見て、五十嵐が頭をぽんと叩いた。
「一緒に行ってあげようか?」
「本当?助かるわ」
(よし、これで第一関門クリア!)
私は心の中でガッツポーズを作った。
「最初だけでいいの。あのチケットを貰ったら、すぐに帰ってもらって問題ないわ」
「そうする」
興味なさそうに欠伸をしながら、五十嵐は自分の教室へと向かった。
しかし、この時の私は何も知らなった。ただの高校生のクリスマスパーティーだと軽い気持ちでいたが、泣きをみることに。
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