悲劇のフランス人形は屈しない
全速力で走っていると、向こうから上下黒のスウェットに帽子を深くかぶった人が走ってくるのが見えた。どくんと全身を脈が打ち、勝手に足が止まった。
(伊坂さんと話していた人物の格好に似ている)
体育館裏から出て来た時の伊坂の不安げな様子が今でも鮮明に思い出せる。監視カメラに幾度となく写っていた身元不明の人物。
(監視カメラを設置しろと要求してきたのは、確かPTAの役員全員だったっけ…)
まどかの発言を頼りに、それとなく先生に聞いてみた。しかし、先生は、監視カメラの設置は元々してあって、数を増やしただけだと言い、尚且つ、私の再試験を求めて来たのは、生徒の親が総出で抗議したのだと。結局、誰一人特定できなかった。
でも、と私は考える。
(PTAを動かすくらいの影響力のある人がいるのなら、その人が関わっている可能性は高い)
「ただ、どう探すかが問題なんだよ」
私はその場でうなだれた。
(そして他にも怪しい人物が一人。西園寺…)
「何してんだ」
突然声を掛けられ、私は顔を上げた。
思わずひゅっと息を吸い込む。
避けようとしていた人物に鉢合わせしてしまった。
「ご、ごきげんよう」
帽子を深くかぶった天城が私を見下ろしていた。
「では、私はこれで」
急いでその場を離れようとするが、すぐさま腕を掴まれた。
「お前…」
天城が口を開く前に私は慌てて言った。
「私がここにいるのは偶然です!あなたの行動なんかいちいち把握していませんから!」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
(ヤバい…。弁解している時点で、なんか嘘っぽい!いやいや。諦めるな、私。またストーカー扱いされるのだけは、避けなくては)
「あの、私は本当に一人で…」
「知ってる」
ぼそりと天城が言った。
「週末運動しているのは、知ってる。公園で見かけたこともある」
「え?」
きっと私は拍子抜けした表情をしていただろう。
「じゃあ、なぜ…」
(なぜ、腕を掴んでいるのだろう。警察に突き出すのではなければ…)
「怪我は?」
予想もしない質問が上から振って来た。
「もう大丈夫なのか?」
(怪我…?)
私は首を傾げた。
「もしかして体育祭の時の?」
最近の怪我と言ったらそれしか思いつかない。
確かに体育祭の時の私は見ていて痛々しいところがあった。腕には湿布が貼ってあり、手のひらは包帯でぐるぐる巻きにされていた。それに気がつかない人はいない、とは言え、気にする人もいなかった。しかし体育祭が終わってから、既に何週間も経っている。
無反応のままいる天城に、「もう平気」と答える。
それから、まだ何か言いたげな天城を見ていて、思い出したことがあった。
「あ!そう、髪ゴムね!借りてたわよね。返そうと思ってたのだけど、なかなかタイミングがなくて。今夜のパーティーの時に、返すわ」
天城が気にしているのはこの事かと、一気にまくしたてる。
しかし天城は何も言わず、私に感情の読めない目線を投げている。二人の間にまたもや重い沈黙が流れた。
(何、この気まずい感じ…。帰りたい)
「えーと。じゃあ、また会場で」
私は天城の手から腕を引っこ抜くと、そそくさとその場から離れた。
(伊坂さんと話していた人物の格好に似ている)
体育館裏から出て来た時の伊坂の不安げな様子が今でも鮮明に思い出せる。監視カメラに幾度となく写っていた身元不明の人物。
(監視カメラを設置しろと要求してきたのは、確かPTAの役員全員だったっけ…)
まどかの発言を頼りに、それとなく先生に聞いてみた。しかし、先生は、監視カメラの設置は元々してあって、数を増やしただけだと言い、尚且つ、私の再試験を求めて来たのは、生徒の親が総出で抗議したのだと。結局、誰一人特定できなかった。
でも、と私は考える。
(PTAを動かすくらいの影響力のある人がいるのなら、その人が関わっている可能性は高い)
「ただ、どう探すかが問題なんだよ」
私はその場でうなだれた。
(そして他にも怪しい人物が一人。西園寺…)
「何してんだ」
突然声を掛けられ、私は顔を上げた。
思わずひゅっと息を吸い込む。
避けようとしていた人物に鉢合わせしてしまった。
「ご、ごきげんよう」
帽子を深くかぶった天城が私を見下ろしていた。
「では、私はこれで」
急いでその場を離れようとするが、すぐさま腕を掴まれた。
「お前…」
天城が口を開く前に私は慌てて言った。
「私がここにいるのは偶然です!あなたの行動なんかいちいち把握していませんから!」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
(ヤバい…。弁解している時点で、なんか嘘っぽい!いやいや。諦めるな、私。またストーカー扱いされるのだけは、避けなくては)
「あの、私は本当に一人で…」
「知ってる」
ぼそりと天城が言った。
「週末運動しているのは、知ってる。公園で見かけたこともある」
「え?」
きっと私は拍子抜けした表情をしていただろう。
「じゃあ、なぜ…」
(なぜ、腕を掴んでいるのだろう。警察に突き出すのではなければ…)
「怪我は?」
予想もしない質問が上から振って来た。
「もう大丈夫なのか?」
(怪我…?)
私は首を傾げた。
「もしかして体育祭の時の?」
最近の怪我と言ったらそれしか思いつかない。
確かに体育祭の時の私は見ていて痛々しいところがあった。腕には湿布が貼ってあり、手のひらは包帯でぐるぐる巻きにされていた。それに気がつかない人はいない、とは言え、気にする人もいなかった。しかし体育祭が終わってから、既に何週間も経っている。
無反応のままいる天城に、「もう平気」と答える。
それから、まだ何か言いたげな天城を見ていて、思い出したことがあった。
「あ!そう、髪ゴムね!借りてたわよね。返そうと思ってたのだけど、なかなかタイミングがなくて。今夜のパーティーの時に、返すわ」
天城が気にしているのはこの事かと、一気にまくしたてる。
しかし天城は何も言わず、私に感情の読めない目線を投げている。二人の間にまたもや重い沈黙が流れた。
(何、この気まずい感じ…。帰りたい)
「えーと。じゃあ、また会場で」
私は天城の手から腕を引っこ抜くと、そそくさとその場から離れた。