悲劇のフランス人形は屈しない
パーティーへ
一緒にパーティーに出ることしか決定してなかったため、待ち合わせはパーティー会場だと思い込んでいた。しかし、4時を過ぎた辺りに平松から「お客様がお見えです」と言われ、一瞬喉を詰まらせた。
(え、何。ここから一緒に行くの?)
「もう少しお待ちください」
私の代わりに美容部員がそう平松に伝えた。
「お嬢様こちらに」
私は全身鏡の前に連れて行かれた。
「着心地はいかがですか?」
鏡の中の自分を見て、私は言葉を失った。
淡い色のレースをいくつも重ねた、ラベンダー色の大きく裾が広がったドレスは、銀色の刺繍糸が動くたびにキラキラと光を放つ。肩から流れ落ちる金色のチェーンが、肌の白さを更に際立だせている。普段はふわふわに広がっている髪の毛は、後ろで丁寧に編み込まれ、星や月がアクセントのヘアアクセサリで飾られていた。まるで、おとぎ話に出てくるお姫様のような装いに、開いた口が塞がらない。
それからふと、気づいたことがあった。
「試着したドレスと違う…」
私の口から言葉がこぼれた。
海外にいる母親とテレビ電話を通して行った前代未聞のショッピングの時に購入したドレス。そのドレスもゼロの数が異常だったが、このドレスはその何倍も手が込んでいる。
「ええ。こちらはある有名デザイナーの方から頂いた、一品になります」
美容部員の一人が言った。
「ははあ…」
呆然としたまま着ているドレスを食い入るように見つめた。確かにこんな繊細な刺繍が施されたドレスは工場で生産するのは難しいだろう。
「靴はこちらになります」
そう言って、用意された靴を見て私はまたもや口をあんぐりと開けた。
なんと、10センチ以上はありそうなピンヒール。以前、藤堂のパーティーの時に履いた靴とは比べ物にならないほど、踵の部分が高い。
「いや、これは…」
(確実にこけるな)
「お、お気に召しませんか…!」
後ろに控えていた美容部員の一人が慌てたように言った。
今回、初めて靴選びを任じられた新入りなのだろうか。周りの落ち着いた女性たちとは雰囲気が異なり、どこかおどおどしている。ここで私が断ったら、きっと後でみんなに怒られ、下手したら、母親にまで何かを言われるに違いない。
「…いえ。素敵です」
喉まで出かかったお断りの言葉を飲み込んで私は笑顔を作った。
確かに見た目は本当に可愛らしい。透明感のあるピンク色の靴は、まるでガラスの靴のようだったし、足首に付いている大きな蝶の飾りは、足を動かすと、光に反射してまるで万華鏡のような優美さを醸し出す。
(ただ、これは観賞用だろ~)
女性たちの肩を借りながら、このハイヒールを履いている姿は本当に情けない。
それに、今まで3センチ以下の靴しか履いてこなかったため、ヒールを履いての歩行にかなり不安が残る。高身長だったために、踵の高い靴を履いたためしがなかった。
(絶対こける。確実にこける)
すでに自信喪失の私は、美容部員に見送られても引き攣った笑顔しか作れなかった。
「お嬢様」
玄関から恐る恐る足を動かして出ると、しびれを切らしたのか平松が手を貸してくれた。
「あ、ありがとう…」
高いピンヒールはバランスを取るのが、とても難しい。どこに重心を置いていいものか分からず、何度もよろけてしまう。平松の白い手袋に爪が食い込んでいる気がした。
「お嬢様。お連れ様と写真を撮ってもよろしいでしょうか」
私の足元を見ながら、平松が聞いた。
「ええ」
まどかによると、五十嵐一家も相当有名らしい。母親から怒りの電話が来ない相手なら、もはや誰でも良かった。
「お母さまに送るのよね」
「はい」と平松。
「なら、天城さんとの写真は要らないわよね?」
「え?あの、お見えになっているのが…」
最後まで言う必要はなかった。
平松の車のそばで待機していたのは、眠たそうな五十嵐ではなく、紺色のスーツを着た無表情の天城だった。普段の雰囲気とは異なっているように見えるのは、前髪をアップにしているからだろうか。
「え…?」
その瞬間、足がぐにゃりと曲がりバランスを崩した。
「お嬢様!」
平松が咄嗟に支えてくれなければ、地べたに突撃していたと思う。冷や汗が背中を伝った。
「お嬢様をお迎えに来てくださったのが、天城さまですよ」
小声だが、どこか嬉しそうに平松が言った。
(もう見りゃ分かるわよ…)
「では、こちらに並んで頂けますか?」
平松が天城に私の隣に立つように指示をする。
「写真、撮りますね」
母親用の写真のため、私は頑張って笑顔を作る。隣をちらりとみると、相変わらずの無表情のままだった。
(羨ましいかぎりだわ、全く…)
平松が満足する写真が撮れたあと、ようやく出発となった。
(え、何。ここから一緒に行くの?)
「もう少しお待ちください」
私の代わりに美容部員がそう平松に伝えた。
「お嬢様こちらに」
私は全身鏡の前に連れて行かれた。
「着心地はいかがですか?」
鏡の中の自分を見て、私は言葉を失った。
淡い色のレースをいくつも重ねた、ラベンダー色の大きく裾が広がったドレスは、銀色の刺繍糸が動くたびにキラキラと光を放つ。肩から流れ落ちる金色のチェーンが、肌の白さを更に際立だせている。普段はふわふわに広がっている髪の毛は、後ろで丁寧に編み込まれ、星や月がアクセントのヘアアクセサリで飾られていた。まるで、おとぎ話に出てくるお姫様のような装いに、開いた口が塞がらない。
それからふと、気づいたことがあった。
「試着したドレスと違う…」
私の口から言葉がこぼれた。
海外にいる母親とテレビ電話を通して行った前代未聞のショッピングの時に購入したドレス。そのドレスもゼロの数が異常だったが、このドレスはその何倍も手が込んでいる。
「ええ。こちらはある有名デザイナーの方から頂いた、一品になります」
美容部員の一人が言った。
「ははあ…」
呆然としたまま着ているドレスを食い入るように見つめた。確かにこんな繊細な刺繍が施されたドレスは工場で生産するのは難しいだろう。
「靴はこちらになります」
そう言って、用意された靴を見て私はまたもや口をあんぐりと開けた。
なんと、10センチ以上はありそうなピンヒール。以前、藤堂のパーティーの時に履いた靴とは比べ物にならないほど、踵の部分が高い。
「いや、これは…」
(確実にこけるな)
「お、お気に召しませんか…!」
後ろに控えていた美容部員の一人が慌てたように言った。
今回、初めて靴選びを任じられた新入りなのだろうか。周りの落ち着いた女性たちとは雰囲気が異なり、どこかおどおどしている。ここで私が断ったら、きっと後でみんなに怒られ、下手したら、母親にまで何かを言われるに違いない。
「…いえ。素敵です」
喉まで出かかったお断りの言葉を飲み込んで私は笑顔を作った。
確かに見た目は本当に可愛らしい。透明感のあるピンク色の靴は、まるでガラスの靴のようだったし、足首に付いている大きな蝶の飾りは、足を動かすと、光に反射してまるで万華鏡のような優美さを醸し出す。
(ただ、これは観賞用だろ~)
女性たちの肩を借りながら、このハイヒールを履いている姿は本当に情けない。
それに、今まで3センチ以下の靴しか履いてこなかったため、ヒールを履いての歩行にかなり不安が残る。高身長だったために、踵の高い靴を履いたためしがなかった。
(絶対こける。確実にこける)
すでに自信喪失の私は、美容部員に見送られても引き攣った笑顔しか作れなかった。
「お嬢様」
玄関から恐る恐る足を動かして出ると、しびれを切らしたのか平松が手を貸してくれた。
「あ、ありがとう…」
高いピンヒールはバランスを取るのが、とても難しい。どこに重心を置いていいものか分からず、何度もよろけてしまう。平松の白い手袋に爪が食い込んでいる気がした。
「お嬢様。お連れ様と写真を撮ってもよろしいでしょうか」
私の足元を見ながら、平松が聞いた。
「ええ」
まどかによると、五十嵐一家も相当有名らしい。母親から怒りの電話が来ない相手なら、もはや誰でも良かった。
「お母さまに送るのよね」
「はい」と平松。
「なら、天城さんとの写真は要らないわよね?」
「え?あの、お見えになっているのが…」
最後まで言う必要はなかった。
平松の車のそばで待機していたのは、眠たそうな五十嵐ではなく、紺色のスーツを着た無表情の天城だった。普段の雰囲気とは異なっているように見えるのは、前髪をアップにしているからだろうか。
「え…?」
その瞬間、足がぐにゃりと曲がりバランスを崩した。
「お嬢様!」
平松が咄嗟に支えてくれなければ、地べたに突撃していたと思う。冷や汗が背中を伝った。
「お嬢様をお迎えに来てくださったのが、天城さまですよ」
小声だが、どこか嬉しそうに平松が言った。
(もう見りゃ分かるわよ…)
「では、こちらに並んで頂けますか?」
平松が天城に私の隣に立つように指示をする。
「写真、撮りますね」
母親用の写真のため、私は頑張って笑顔を作る。隣をちらりとみると、相変わらずの無表情のままだった。
(羨ましいかぎりだわ、全く…)
平松が満足する写真が撮れたあと、ようやく出発となった。