別れの曲
 陽和を産むことは叶ったが、産後で消耗し切っていること、そして何より悲しい現実に、美那子は心身ともにやられてしまった。
 最低限、陽和の世話はしつつ、頼れるところは全て、自分から涼子に頼るようになった。
 子育てについては知らないことだらけだったが、元が典型的な天才型である美那子は、あまり努めて知ろうとしなかった。
 対して涼子は、努力努力でしか自身を表現出来ない凡人だ。だからこそ、知識や技術といった、子育てのいろはには貪欲になり、美那子に代わって、陽和の世話をする機会も自然と多くなった。

 そんな風にして日々が浪費されていたある時のこと。
 自身と似通った境遇にいる親が出演するドキュメンタリー番組をたまたま目にしたことがきっかけで、美那子は、このままでは駄目だと思い至った。
陽和は疑いようもなく自身の子であり、愛した相手との間に授かった、何にも代えられない宝なのだ。
 番組が終わったその瞬間から、美那子は一から涼子に教わって、子育てに対し積極的な姿勢へと変わっていく。
 全て乗り越えた訳ではない。これからがその命のスタートだと言うのに、それをひとつ、失くしてしまったのだから。

 けれども、その半身である陽和は確かに生きていて、その手で触れられるところにいて、同じ空気を吸って生きている。
 それを捨て置いて自分ではない者に任せきりなど、光を見ることも出来ないままに亡くなってしまった息子にも、申し訳が立たないというもの。
 我が子に、仁三に、涼子に、そして自分自身に胸を張って生きていけるように。
 美那子は、持てる力の全てを使って陽和を育てようと、自身を根底から作り替えていった。
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