別れの曲
 家に帰ると、涼子さんと一緒になって家事に勤しむ父の姿があった。
 慣れないそれらに戸惑いながらも、必死になってメモを取り、涼子さんから指導を受けている。

「お父さん……何で?」

 声を掛けると、そこでようやく二人も気が付いたようで、おかえりと言葉を返してくれた。

「もう、何を隠すこともないからね。美那子が戻るまでくらいは、僕がこの家のことをしないと。今更だ、って怒られるかもしれないけどね」

「う、ううん、それは全然……ごめん涼子さん、私も手伝うよ」

「ありがとう、陽和ちゃん。それにしても遅かったわね。今日、学校は午前中で終わりじゃなかったの?」

「え? あ、うん……お母さんと、話して来たから」

「…………そう」

 優しく笑いかけるてくれるけれど、二人とも自然ではない。
 当然だ。辛いのが私一人なわけない。それでも何か、今やれることをと前を向いているんだ。
 年相応に泣いて、無力感を覚えて、何も出来なくなって固まっていた私とは大違いだ。
 視線の先に、ピアノ部屋へと続く扉が見えた。
 私は、思わず立ち止まってしまった。

「陽和、そう言えば――」

 父が言いかけた言葉を引っ込める。私の様子に気が付いてしまったらしい。

「ごめん、何?」

「――いいや。昼食、まだだろう? 何が食べたい?」

「うーん……あんまり減ってないから、優しいやつがいい」

「そう、か。分かった。じゃあうどんでも作ろうか」

 作業していた手を止めて頷くと、父はキッチンの方へと姿を消した。涼子さんも、その後を着いてゆく。
 一人になった途端、また少し虚しさがこみあげて来た。
 寒気すら覚えるその感覚が嫌になって、私はさっさと二人の後を追った。
 二人と一緒に家事をこなしていると、あっという間に夜が来た。
 すっかり疲れた身体は、こんな時ばかりは好都合だった。身体も疲れないままだときっと、ずっとぐるぐる余計なことを考えて、すぐには寝付けなかっただろうと思う。
 横になってじっとしていれば、いつの間にか朝を迎えている筈だ。

 そう思って、床に就いて――雲一つない、憎たらしいくらいに明るい朝を迎えた。
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