別れの曲
翌日の昼下がり。
父の運転で、涼子さんと三人で病院を訪れた。
コンクールの時は救急搬入口から、昨日は学校側からそのままの動線である裏手から入った為に気が付かなかったけれど、正面玄関からすぐのエントランスは、とても変わった造りをしていた。
吹き抜けの天上は高く、中庭へと続く一面ガラス張りの窓からは、明るい陽光がこれでもかと言うほどに差し込んでいる。
とても大きく開けた、ダンスホールのような空間だ。
床は全部絨毯。足音は静かに、歩く心地も優しい。
それより、何より――
(ピアノ……)
随分と年季の入ったように見える、一台の純白なグランドピアノが、四角く切り抜かれた空間へと配置されていた。
それは未だ現役で使われているようで、掲示板に、音楽関係の催しを報せる貼り紙があった。
「さくら、がり……」
それは直近、すぐ明日のことであった。
中庭に咲く大きな桜を眺めながらの、小さな音楽イベント。
桜狩りとは、紅葉狩りと同様に、桜を楽しむ催しを意味する言葉だ。
お花見、が一般的な呼び方の現代だけれど、『桜狩り』の方が、古くから使われている言葉である。
そんな明日に、音楽関係のゲストを何名か呼ぼうということらしい。
通りがかった看護師さんの話では、それは毎年開催されている一つの伝統行事のようなものらしく、院外からの人気も強いのだとか。
今年は、フルート奏者一名、ヴァイオリニスト一名、そしてピアニストを一名、呼ぶ予定。
他にも、弾ける、歌える、踊れるなど、音楽に多少なりとも造詣のある患者や通院者、その家族であっても、参加したければ時間内ならいつでも誰でも歓迎といった、何でもありのお祭りのようなものらしい。
とにかく明るく、楽しんで、桜を眺められればいいと、そういう試みから始まったもの。
元は、発起人である当時の院長が、病に落ち込む小児病棟を元気付ける為に一人で始めたことがきっかけだったという話だ。
興味がない、と言えば嘘にはなるけれど、今回ピアノが絡んでくるのでは、どうにも前向きな気持ちにはなれなかった。
音楽に対する、取り分けピアノへのモチベーションは、今はもう死んでしまったも同然だ。
杏奈さんとも、母のことが起こったすぐ後で、一方的なレッスン終了宣言をしてもう辞めてしまっている。
「陽和?」
また暗い思考に陥りかけていた私の背中に、父の声が届く。
弾かれるように仰ぐと、二人は既に、到着したエレベータに乗り込もうとしているところ。
「……ごめん、何でもない。今行くよ」
嫌な思いをかき消すように頭を振ると、私は二人の元へと急いだ。
父の運転で、涼子さんと三人で病院を訪れた。
コンクールの時は救急搬入口から、昨日は学校側からそのままの動線である裏手から入った為に気が付かなかったけれど、正面玄関からすぐのエントランスは、とても変わった造りをしていた。
吹き抜けの天上は高く、中庭へと続く一面ガラス張りの窓からは、明るい陽光がこれでもかと言うほどに差し込んでいる。
とても大きく開けた、ダンスホールのような空間だ。
床は全部絨毯。足音は静かに、歩く心地も優しい。
それより、何より――
(ピアノ……)
随分と年季の入ったように見える、一台の純白なグランドピアノが、四角く切り抜かれた空間へと配置されていた。
それは未だ現役で使われているようで、掲示板に、音楽関係の催しを報せる貼り紙があった。
「さくら、がり……」
それは直近、すぐ明日のことであった。
中庭に咲く大きな桜を眺めながらの、小さな音楽イベント。
桜狩りとは、紅葉狩りと同様に、桜を楽しむ催しを意味する言葉だ。
お花見、が一般的な呼び方の現代だけれど、『桜狩り』の方が、古くから使われている言葉である。
そんな明日に、音楽関係のゲストを何名か呼ぼうということらしい。
通りがかった看護師さんの話では、それは毎年開催されている一つの伝統行事のようなものらしく、院外からの人気も強いのだとか。
今年は、フルート奏者一名、ヴァイオリニスト一名、そしてピアニストを一名、呼ぶ予定。
他にも、弾ける、歌える、踊れるなど、音楽に多少なりとも造詣のある患者や通院者、その家族であっても、参加したければ時間内ならいつでも誰でも歓迎といった、何でもありのお祭りのようなものらしい。
とにかく明るく、楽しんで、桜を眺められればいいと、そういう試みから始まったもの。
元は、発起人である当時の院長が、病に落ち込む小児病棟を元気付ける為に一人で始めたことがきっかけだったという話だ。
興味がない、と言えば嘘にはなるけれど、今回ピアノが絡んでくるのでは、どうにも前向きな気持ちにはなれなかった。
音楽に対する、取り分けピアノへのモチベーションは、今はもう死んでしまったも同然だ。
杏奈さんとも、母のことが起こったすぐ後で、一方的なレッスン終了宣言をしてもう辞めてしまっている。
「陽和?」
また暗い思考に陥りかけていた私の背中に、父の声が届く。
弾かれるように仰ぐと、二人は既に、到着したエレベータに乗り込もうとしているところ。
「……ごめん、何でもない。今行くよ」
嫌な思いをかき消すように頭を振ると、私は二人の元へと急いだ。