別れの曲
 透明で、綺麗な、ガラスで出来た幻想的な空間。
 真っ赤な絨毯。
 そこに佇む、一台のグランドピアノ。
 どれも、これで見納めだ。

 しかし、そこにはもう陽向の姿はなかった。

 本を捲る音も。

 温かな笑みも。

 優しく染み入る、あの声も。

 どれも、ここにはない。ただ自分の鼓動だけが五月蠅いくらいに響くだけだ。
 でも――なぜだろう。寂しくはない。
 気持ちは落ち着ている。きっと、陽向が練習しやすい環境を整えてくれたんだろう。そう、思い切ってしまって。
 私は、下手に気持ちが変わらない内に、椅子へ座った。

「すぅー……はぁー……」

 大きく一つ、深呼吸。
 五月蠅い鼓動も落ち着いたことを感じると、私はそっと、鍵盤に指を添えた。
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