別れの曲
『――――な……陽和』
また、名前を呼ぶ声が聞こえる。
この間と同じ声。優しく包み込むような、温かな声だ。
誰? そんなに優しい声で私を呼ぶのは。
『んー、うぅん……』
ゆっくり、ゆっくりと目を開いてゆく。
そこにある色味を理解した瞬間、私は弾かれたように飛び起きた。
「ここ、昨日の!」
ぐるりと見回す。
ガラス張りの壁、棚に、真っ赤なカーペット。
間違いない。先日来た、また来たいと願った、あの場所だ。まさか、こんなに早く再会出来ようとは。
希望なんてないようなものだったから、喜びよりも驚きの方が勝っている。
「身体は――うん、動かせる。明晰夢だ」
ぐっと拳を握ったり、頬をつねってみたりと、思ったことを試す。意のまま思うままに、それは実行出来た。
あまりの現実味の無さは、魔女か悪魔にでも魅入られたみたいだ。
飛び起きた勢いそのままに、私は足をついて立ち上がった。
前回起きた時は、踏み出した辺りで目が覚めてしまった。諸々と確かめる間もなく。
だからこそ今回は、来られるとは思っていなかったからこそ、早々に目的を果たそうと思う。
思い立ったが吉日。一歩、大きく踏み出した。
真紅のカーペットは、それはそれは心地の良い肌触りだった。綿か雲にでも足を突っ込んでいるようだ。
左右に目を配れば、花瓶や本棚、更にはそこに収められている一冊一冊の本にまで、どこからともなく注ぐ光が乱反射して、一見すれば透き通った水色の中に、複雑な色のグラデーションが見て取れる。
不思議と眩しくはない。温かさすら感じる程だ。
『――陽和』
また、あの声が名前を呼んだ。
「ねぇ、あなたどこにいるの?」
『この世界の中なら、どこにでも。君のすぐ傍にいるよ』
「すぐ傍? 会えないの? どこに行けば会える?」
『聞きたいことがあるって様子だけど——ごめんね、今はまだ、ダメなんだ』
「ダメって、どうして?」
『君がまだ、ここにいられる状態じゃないから』
「状態って、それどうすればなれるの?」
『納得をするために答えを急ぐのは、昔から変わらないんだね。君はここにいたいのかい?』
「何だか安心する雰囲気だから、いつでも来られるなら来たいなって思って――え、昔の私のこと、知ってるの?」
『ああ、知っているとも。産まれた時から、いやそれ以前から、かな。ずっと、君のことは知っている』
「何それ、神様みたい」
『ははっ、確かにね』
声は快活に笑った。
『今はただ、何も考えずに、そのカーペットを進んでごらん。そうすれば、君ならきっと分かる筈だ』
「君なら、って、あなたが教えてくれるんじゃないんだ?」
『答えは自分で見つけた方がいい。君はそういう性分でしょ?』
「知った風に言うね。まぁ、実際そうなんだけどさ」
何だか、納得はいかないけれど。
「分かった。このまま進めばいいんだね?」
『ああ、それでいい。ただただ真っ直ぐ、奥へと進むんだ』
一等優しくそう言うと、声はそこで聞こえなくなった。
進め、とでも促しているのだろう。
「……とりあえず、進めばいいんだよね」
これは夢だ。夢の中だ。ただの夢なんだ。
ここで起きることは全て、ただの私の妄想、想像したものだ。
それなのに――前回は行けなかったこの先へと進めることが分かった今、不思議なくらい、気持ちは前を向いていた。
また、名前を呼ぶ声が聞こえる。
この間と同じ声。優しく包み込むような、温かな声だ。
誰? そんなに優しい声で私を呼ぶのは。
『んー、うぅん……』
ゆっくり、ゆっくりと目を開いてゆく。
そこにある色味を理解した瞬間、私は弾かれたように飛び起きた。
「ここ、昨日の!」
ぐるりと見回す。
ガラス張りの壁、棚に、真っ赤なカーペット。
間違いない。先日来た、また来たいと願った、あの場所だ。まさか、こんなに早く再会出来ようとは。
希望なんてないようなものだったから、喜びよりも驚きの方が勝っている。
「身体は――うん、動かせる。明晰夢だ」
ぐっと拳を握ったり、頬をつねってみたりと、思ったことを試す。意のまま思うままに、それは実行出来た。
あまりの現実味の無さは、魔女か悪魔にでも魅入られたみたいだ。
飛び起きた勢いそのままに、私は足をついて立ち上がった。
前回起きた時は、踏み出した辺りで目が覚めてしまった。諸々と確かめる間もなく。
だからこそ今回は、来られるとは思っていなかったからこそ、早々に目的を果たそうと思う。
思い立ったが吉日。一歩、大きく踏み出した。
真紅のカーペットは、それはそれは心地の良い肌触りだった。綿か雲にでも足を突っ込んでいるようだ。
左右に目を配れば、花瓶や本棚、更にはそこに収められている一冊一冊の本にまで、どこからともなく注ぐ光が乱反射して、一見すれば透き通った水色の中に、複雑な色のグラデーションが見て取れる。
不思議と眩しくはない。温かさすら感じる程だ。
『――陽和』
また、あの声が名前を呼んだ。
「ねぇ、あなたどこにいるの?」
『この世界の中なら、どこにでも。君のすぐ傍にいるよ』
「すぐ傍? 会えないの? どこに行けば会える?」
『聞きたいことがあるって様子だけど——ごめんね、今はまだ、ダメなんだ』
「ダメって、どうして?」
『君がまだ、ここにいられる状態じゃないから』
「状態って、それどうすればなれるの?」
『納得をするために答えを急ぐのは、昔から変わらないんだね。君はここにいたいのかい?』
「何だか安心する雰囲気だから、いつでも来られるなら来たいなって思って――え、昔の私のこと、知ってるの?」
『ああ、知っているとも。産まれた時から、いやそれ以前から、かな。ずっと、君のことは知っている』
「何それ、神様みたい」
『ははっ、確かにね』
声は快活に笑った。
『今はただ、何も考えずに、そのカーペットを進んでごらん。そうすれば、君ならきっと分かる筈だ』
「君なら、って、あなたが教えてくれるんじゃないんだ?」
『答えは自分で見つけた方がいい。君はそういう性分でしょ?』
「知った風に言うね。まぁ、実際そうなんだけどさ」
何だか、納得はいかないけれど。
「分かった。このまま進めばいいんだね?」
『ああ、それでいい。ただただ真っ直ぐ、奥へと進むんだ』
一等優しくそう言うと、声はそこで聞こえなくなった。
進め、とでも促しているのだろう。
「……とりあえず、進めばいいんだよね」
これは夢だ。夢の中だ。ただの夢なんだ。
ここで起きることは全て、ただの私の妄想、想像したものだ。
それなのに――前回は行けなかったこの先へと進めることが分かった今、不思議なくらい、気持ちは前を向いていた。